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「宝探し?」 三日振りに六人が揃った朝食の席で、唐突な話題を振ったのはジョセフだった。 ジョセフが持参した紙袋には、変色したり所々破れたりする地図がたっぷり詰まっていた。 「おう、トリスタニアで色んな店回ってたらすっげェ胡散臭い『宝の地図』なんか売ってたんでな。せっかくじゃから魔法屋に情報屋に雑貨商に古本屋に露天の出店まで虱潰しにかき集めてきた」 イシシ、と笑うジョセフに、ギーシュは呆れた顔でパンを千切った。 「全く、そんな紛い物の地図を買ってきたのかい? 出鱈目な古地図を『宝の地図』だなんて売り付ける商人なんて数え切れないよ。騙されて破産した貴族だって同じくらいいるんだぜ」 「そりゃそうじゃろ。わしだってお宝なんて見つかるたぁこれっぽっちも思ってない」 言いだしっぺなのにあっさりと宝探しの意義を否定するジジイにも慣れたもので、誰もツッコミを入れずに食事を続けていた。 「まー宝探しってのは実は二の次でな。この部屋から出られん王子様の気晴らしにちょっとした旅行なんか考えたんじゃが、ただ旅するのも芸がない。そこにこんな胡散臭ぇ宝の地図なんて見つけちまったからしょうがないじゃろ」 何がしょうがないのかちっとも判らないことも、全員当然のようにスルーした。 「でもダーリンの言う事ももっともだわね、私達が帰ってきてから王子様はずっとこの小さな部屋に閉じ篭ってるもの。たまには外の空気を思い切り吸うのもいいんじゃないかしら?」 ちらり、とシナを作った流し目でウェールズに微笑みかけるキュルケ。 当のウェールズは紅茶の満たされたカップを手に持ったまま、薄い苦笑を浮かべた。 「レコン・キスタと戦っていた頃に比べれば、この部屋はまるで天国のような心持ちだ。ミスタ・ジョースターが思っている以上に快適な環境で有難いと感じているよ」 紅茶で喉を潤してから、ウェールズはジョセフを見やる。 「だが、宝探しと言う単語には興味がそそられた。そんな言葉は物語の中でしか聞いた事がないからね、一度宝探しと言うものを体験してみたい」 主賓が賛成してしまえば、宝探しの実行は決定事項となった。 「よし、決まりじゃな。わしと殿下以外に参加したいのはおるかな?」 使い魔が行くってなら、主人も参加しなくちゃいけないわね」 部屋の中でも帽子を被ったままのルイズが、澄まし顔で参加を表明する。 「タバサも行くわよね、はい決定」 サラダを黙々と食べているタバサは、勝手に自分の参加を決めるキュルケの物言いに異論を挟むこともない。 「ギーシュ、お前はどうするんじゃ?」 「僕かい? んー……率直に言えば、十中八九骨折り損のくたびれ儲けになるとは思ってるんだがね。面白そうだから、お宝は期待しないで行くことにしよう」 ギーシュは苦笑しつつ、背凭れに体を預けた。 「よし、んじゃ決まりじゃな。じゃー後で学院長ンとこ行って、殿下連れてキャンプに行くからって外出の許可も貰っとこう。学院長に根回ししときゃサボリも余裕じゃよ」 前途ある若者にサボリを推奨するダメなジジイであった。 「ところで」 デザートのプティングをスプーンで切り崩し、ルイズがゆるりと手を上げた。 「この中でまともに料理が出来る人がいるのかしら? 地図の枚数からすると最低でも一週間くらいは宝探しすることになりそうだけど、まさかその間保存食ばかりというのは遠慮したいわ」 「わし一応料理できるぞ。ここに召喚されるちょっと前までキャンプや自炊しとったし」 胸を張って断言するジョセフに、ルイズはあくまで冷静に言葉を続けた。 「贅沢は言わないけど、私達を満足させられるくらいだったら文句はないわ。最低でも今食べてる料理くらい作れるんでしょうね?」 ぐ、と言葉を詰まらせた使い魔に、ルイズはふぅ、と漏らしたため息でカップの中で揺らめいていた湯気を散らした。 「さすがに厨房のコックを連れて行くわけにもいかないし。……そうね、この前、アンタに料理作ってくれたメイドいたわよね。ジョセフが頼めば来てくれるんじゃないかしら? まさか平民が王子様の顔知ってるはずもないし、問題ないわね」 この場にいるほとんどの人間が聞き流す何気ない言葉に、口端を愉快げに吊り上げたのはキュルケだけだった。 「シエスタか? じゃあわしが聞いてみよう。来てくれんかったら食事係はわしっつーコトでカンベンしてくれよ」 そこからおおよその計画が決まったところで、その日の朝食はお開きとなった。 次の夜明け前の出発までに各々旅の準備を終えておくということで、授業に出る少年少女に代わって言いだしっぺのジョセフが出発前の準備に動き回る。 ジョセフの話を聞いたオスマンが「わしが言える義理もないが、ジョースター君は大分フリーダムじゃなあ」と呆れた声で苦笑するのを「よく言われます」と笑い飛ばした。 続いてシエスタを旅に誘うと、嬉しそうに快諾した。ただ同行するメンバーにルイズがいると聞いた瞬間に「わ、私が行って大丈夫なんでしょうか?」と怯え出したのを宥めるのに少々時間を要してしまったが。 それから昼食の仕込みで大わらわのマルトーの所に行き、一週間ほどシエスタを連れて旅行に行く旨を伝えれば実に快く快諾したばかりか、弁当まで用意してくれると至れり尽くせりの振る舞いを受けた。 そして次の日の夜明け前、七人と二匹の使い魔を乗せたシルフィードは学院を後にしたのだった。 * 「いやー、はっはっは。今回も大ハズレじゃったなあ」 「いくら宝の地図がインチキばかりだと言っても、ここまでヒドい地図ばかりだとは思っていなかったよ。ここまで来るとジョジョがわざとヒドいのばかり選りすぐったんじゃないかと勘繰りたくなるね」 陽気に馬鹿笑いするジョセフに、ギーシュが冗談交じりのツッコミを入れた。 日はとっぷりと暮れており、シチューの鍋がくべられた焚き火を囲んだ一行は食欲をそそる匂いが漂う中で歓談を交わしていた。 ジョセフが意気揚々と用意した宝の地図は、結果から言えばハズレばかりだった。 学院を出発してから十日続いた冒険だが、地図に書かれた場所はどれもこれも化物や猛獣の住処になっており、それらの脅威を排除しても目ぼしい宝物など手に入らなかったのである。 今日も打ち捨てられた開拓村の寺院に住み着いた十数体のオーク鬼の群れを殲滅したのはいいが、手に入ったのはそこらの露店でも売っていないみすぼらしいアクセサリーが幾つか。 かけた手間と時間に見合った報酬とは誰一人思っていない。 とは言え、三人のトライアングルメイジを含むメイジ五人、強力な炎を吐くフレイムに地中を自在に移動するヴェルダンデ、戦術指揮担当のジョセフの一行はそれほどピンチらしいピンチを迎えることもなかったのだが。 最初の内こそはキュルケやギーシュがまだ見ぬ宝物に目を輝かせていたが、中盤からは「危険に対していかに対処するか」という点に楽しみがシフトしていた。 地図に書かれた場所を見つけ出し、事前調査を踏まえて情報を得、危険をどう排除するか。 真正面から立ち向かえば命が幾つあっても足りない化物をどう罠にかけ、いかに手を汚さず倒すか。全員で額を寄せ合ってアイディアを出し合い、組み立てた戦術に敵を嵌めるか。 今日の敵であったオーク鬼も、平民だけではなくメイジにも脅威となる怪物である。 身の丈は二メイルほど、体重は普通の人間五人以上。全身を分厚い脂肪に包み、脂肪の下に強靭な筋肉を持つ彼らは、豚のように突き出た鼻と、豚のような呻き声を立てる醜悪な顔も持ち合わせている。 太りに太った人間の頭を豚に挿げ替え、二本足で立つ姿はほぼ全ての人間に対して嫌悪と恐怖を与える代物であった。 標準的なオーク鬼一匹を相手にするには、人間の戦士なら最低五人は必要と言われている。 少々の武器では脂肪と筋肉の鎧に阻まれて致命傷を与えるのは難しく、人間の体重分は優にある棍棒を振り回す膂力も持ち、かつ人間を餌とする激しい凶暴性と、それに反比例する低い知能。 宝の地図が指し示す目的地である寺院にオーク鬼が巣食っていると判った時も、一行の顔にはさしたる変化はなかった。 寺院を囲む森を上空から調査した後、森を散策して草やコケを一抱えほど採取し、それらを材料として即席の煙幕弾を作成する。 寺院の入り口を取り囲むように七体のヌーベルワルキューレを配置し、寺院の入り口から見えやすい正面の地中をヴェルダンデに掘らせ、幅広く深い空洞を作り上げる。 地中から掘り出した土を錬金した油を空洞に注ぎ直し、準備は完了した。 寺院から見て落とし穴の対岸に配置した二体のワルキューレの中央にはジョセフが立つ。 他の隠れた場所に陣取ったワルキューレの横には、メイジ達が一人ずつ立っている。 木の陰に隠れたキュルケが門柱の隣に立つ木を火の魔法で吹き飛ばしたのを合図に、ルイズとジョセフは用意していた種火で煙幕弾に火をつけ、他のメイジ達は手短な魔法で火をつけた。 寺院の中から一斉に飛び出してきたオーク鬼達へ放たれた七個の煙幕弾が、灰色の煙を撒き散らしながら彼らの足元へ落ちる。 突然オーク鬼達を巻き込んだ煙は彼らの視界を奪うだけではない。煙幕弾の材料の中には、森に自生していた唐辛子も混ざっていた。例え強靭な肉体を持つオーク鬼と言えども、目や内臓などの粘膜に関しては他の生物と大差ない。 カブサイシンがたっぷり入った煙は、オーク鬼達に今まで受けたことのない類の痛みを与え、同時に彼らの低い知性では拭いきれない致命的な混乱をも与えた。 そうなれば後は七面鳥撃ちの時間である。 ヌーベルワルキューレは自分の身体からもいだ青銅の砲丸を装填しては発射し、生半可な武器では傷つくことのないオーク鬼達を滅多打ちにする。特にジョセフが扱うことでガンダールヴの能力で強化されたボーガンの放つ砲丸は、脂肪と筋肉の鎧を容易く撃ち抜いた。 当然ながら、メイジ達の魔法も次々にオーク鬼達に連射される。ワルキューレを錬金して精神力の枯渇したギーシュ以外のメイジは、三人のトライアングルメイジと爆破の威力には定評のあるルイズである。 風の刃が首を落とし、炎の弾丸が頭を吹き飛ばし、無数の氷柱が全身を貫き、脳味噌が直接吹き飛ぶ。 オーク鬼達が寺院からおびき出されてから数分も経たない内に、十数体いた彼らは入り口の前で様々な死因を晒すこととなった。 しかしそれでも、旺盛な生命力を持つオーク鬼である。大火傷を負い、砲丸を全身に受けながらも辛うじて生き残った一匹が、仲間達を殺すのみならず自分をこれほど痛め付けた人間に復讐すべくその手に棍棒を握り締めて走った。 怒りに燃えるオーク鬼は真正面に立っていた図体の大きい老人目掛けて走っていき――地面を踏み抜いて4メイル下の地面に叩き付けられた時に死んでしまわなかったのが、このオーク鬼生涯最後の不運だった。 そこに落とし穴から這い上がることも許されず、油塗れになった生き残りはフレイムの吐いた炎で全身を改めて焼かれ、今度こそ絶命した。 こうして襲撃をかけられたオーク鬼達が文字通り全滅したのに対し、襲撃側の人間達は死人の一人も出さなかったばかりか、手傷一つ負わなかったのである。 「骨を折るほど損はしなかったけど、くたびれ儲けはあったわね」 この十日間で手に入れた宝物とはとても言えないガラクタの詰まった皮袋をじゃりんと揺らし、キュルケが笑う。 「さて、目ぼしい地図も大体消化したことだし。今日はここでキャンプしてから、懐かしの学院に帰るとしましょうか」 「ああ、そうだね。私もいい気晴らしが出来た。君達の様な友人を持てた事を始祖に感謝しよう」 旅の終わりによく口にされる類の言葉を紡いで微笑むウェールズに、子供じみた笑顔のジョセフが真っ先に答えた。 「いやいやそう言って貰えると照れますのォ」 「主人として、多少は謙遜とかそういう類の言葉をいい加減覚えるべきだと思うのよね」 ルイズは七十前には到底思えない使い魔をからかった。 シエスタは積極的に会話に参加することはないものの、貴族達のやり取りを微笑ましげに眺めていた。 最初のうちこそは貴族と使用人という身分の差をひしひしと感じていたものの、ジョセフが間に入ることによってある程度の親睦を交わせていた。 旅が始まった時にはルイズがいつ癇癪を起こすかビクビクしていたシエスタも、初日の朝方にルイズ自身が譲歩する言葉を述べたので、ある程度は安心を持つことが出来た。 曰く、「人に嫌われる使い魔より人に好かれる使い魔の方が主人としてもいいに決まってるわ。でもまた私が怒らない保証はしてあげられないけど」。 仲良くするのは構わないがあまり近付き過ぎるな、と釘を刺した形となる。 シエスタとしても、ジョセフはあくまで『憧れの人』の範囲を出ていない。憧れと一概に言っても、顔を見たこともない王族や威張ってばかりの貴族達に何倍もの差をつけた上での堂々一位である。 しかしそれは、年頃の少女がアイドルやスターに関して抱くものとほぼ同じであり、恋愛対象としては完全に外れていた。 タルブという田舎の村出身の少女にとって、例えジョセフが貴族と渡り合えてかつ人当たりの良い人気者と言っても、自分の父親どころか小さい頃に亡くなった祖父よりも年上という存在といい仲になりたい、という考えには至らないし、至れない。 魔法を使えない平民にとって、老いると言う現象がどのような意味を持っているのか、小さい頃から隣人を見てきたから十分に理解している為である。 第一印象こそは大人しそうで純朴な雰囲気を持つ少女だが、意外と大胆で手段を選ばない内面を持っている。これでジョセフが若ければ、一緒に食事をした日に服を脱いで実力行使に出たかもしれないが、彼が老人だからそのような暴挙には出なかったのだった。 シエスタはルイズに対し、「今後気をつけます。申し訳ありませんでした」と頭を下げた。 貴族であるルイズが大幅に譲った形で寛大な処置をしたのに対し、平民であるシエスタは自分の非を認める形で謝罪をする。それでこの件は決着と相成った。 そしてシエスタの作る料理を「……確かに美味しいわね」と、微妙な顔をして認めたのはルイズなりの賞賛だということを、シエスタが理解したのは旅も半ばに入ってからだった。 「皆さん、食事の準備が出来ましたよ」 この十日の旅の間で、シエスタの料理の腕は同行者全員が認めるところとなった。 一行がオーク鬼達を罠にかける準備をしている間、シエスタは野兎を罠にかける準備をし、森の中で煙幕弾の材料を集める横でキノコや自生のハーブなど様々な食材を獲得していた。 それらを入れたシチューに、唐辛子に様々な香辛料を調合したソースを好みでかけて食べる今夜の食事は、舌の肥えた貴族達にも絶賛の出来であった。 「うん、君の作る料理は美味いね! 特にこのソースが絶品だ、ピリッとした辛味がまた食欲をそそる!」 ギーシュがシチューをがっつきながら、調子に乗ってソースをかけすぎてむせた。 「これだけ美味しい食事が、この森の中で取れた食材だけで作っているとは大したものだよ」 シチューに舌鼓を打つウェールズに、シエスタははにかんで答えた。 「田舎育ちなもので、小さい頃からこうやって食事の材料を取るのに慣れてるんです」 シエスタには、ウェールズはルイズの友人の友人という扱いになっている。 一般的な平民は、隣の国の王子様の顔どころか名前も知らないのが当たり前だった。 「私の故郷の村……タルブって言う村なんですけど、名物料理なんですよ。季節の野菜やキノコにハーブを組み合わせているので、季節によって味が変わるんです。ヨシェナヴェ、って言うんですよ」 「へえ、あなたタルブの出身なの?」 シエスタの言葉に出た単語を、キュルケが耳ざとく聞きつけた。 「タルブってワインが名物だって聞いてるわ。そうね……何本か買って帰るのもいいかもしれないわね。みんな、明日はタルブに寄ってから帰るのはどう?」 特に異論も出なかったので、明日の朝にタルブに向かうことが決定した。 タルブはラ・ロシェールの近くにある村で、シルフィードを飛ばせば学院からも一日足らずの距離になる。旅の最後の日は村でゆっくり泊まって、それから学院に帰る事も決まった。 そして食事を終えると、夜中の見張りのローテーションを決めてから中庭に張ったテントにそれぞれ入る。 四つ張られたテントの組み合わせはルイズとジョセフ、キュルケとタバサ、ウェールズとギーシュ、シエスタと使い魔達という組み合わせであった。 シエスタはこの旅の間、貴族達だけではなく使い魔達とも交流を深めている。使い魔の契約を交わしたことで、野に生きていた頃と比べて高い知性を獲得しているとは言え、美味しい食事を分けてくれる相手に懐くのは動物として当たり前の習性だった。 今夜のルイズとジョセフの見張りの順番は一番最後に決まったので、睡眠時間を確保する為に主従は毛布に横たわる。当然のようにジョセフの腕に頭を乗せたルイズは、ふぁ、と欠伸をした。 「もうそろそろ旅も終わりね……。帰ったら詔を仕上げなくちゃ」 旅に出た時も始祖の祈祷書とにらめっこをしていたものの、特に結果が芳しくならなかったので、三日目が過ぎた辺りで大胆に諦めることにしたルイズである。 「大変じゃなあ」 他人事丸出しで気のない相槌を打った使い魔に対する仕打ちは、脇腹チョップである。 「だってわし関係ないじゃあないか」 「うるさいわね、主人が大変な思いしてるのに相変わらず暢気な顔してるのがムカつくのよ」 「うわすげェ八つ当たり」 「うるさいわよ」 そんなやり取りを終えると、今度はさっきより大きい欠伸をした。 「……ま、どうせ学院にいててもこの様子じゃ詔なんて考えられなかっただろうし。気晴らしにはなったから、誉めてあげる」 「お褒めに預かり光栄の極み」 「そうね、自分の物見遊山に私達を巻き込んだのは不敬の極みだけれど、楽しかったから不問に処すわ」 何でもないことのように放たれたルイズの言葉に、ジョセフは幾つかの言葉を選んでから、ニシシ、と笑った。 「……バレてた?」 「バレるも何も。この旅で一番トクをしたのは誰かって考えたら明らかにアンタじゃない。私が考えるに、こっちの世界の見物をしたいと思ったら、一人で行くより私達メイジを連れて行った方が何かと便利だと考えるのは当然だわ。 でも遊びに行くから付いてきてくれ、だけじゃ一緒に来るかどうかはちょっと怪しいから、宝の地図をダシにしてウェールズ様を誘ったってワケね。で、その場に居合わせる私達を一人ずつ切り崩していけば全員が儲けも何もないって判りきった宝探しに付いて来た、と」 どう? と悪戯っぽく笑ったルイズの頭を、もう片方の手を伸ばして撫でた。 「そこまで理解してたら十分じゃ。わしも毎日授業してた甲斐があるってモンよ」 くすぐったげに目を細めたルイズは、けれども少し物憂げな顔でジョセフを見た。 「……ねえ。姫様の結婚って……止められないの?」 優しげな手付きでルイズの頭を撫でていた手が、髪にかかったまま止まる。 「ふむ。わしもどうにか出来ないかと色々考えちゃあみたんだが……」 言葉を濁したジョセフの言葉を、ルイズが続けた。 「どうにもならないのね?」 「……ぶっちゃけるとそーなる」 何も言わず責めるような瞳に、ジョセフは唇を尖らせた。 「そんな顔されてもどーしよーもないモンはどーしよーもない。もしお姫様を浚って逃げたところで何も問題は解決せんどころか、問題は悪化する。ゲルマニアとの同盟条件としての政略結婚だからな。 ここでもし同盟が破談になったとしたら、トリステインはレコン・キスタに滅ぼされる。その後はどうなるか、賢いルイズなら説明されんでも判るじゃろ?」 「……ならいっそ、ニューカッスルでやったみたいなスゴいコトをやってみせてよ」 「ありゃあどうやっても全員討ち死にってのが確定してたところに、無理矢理ハッタリ利かせて上手く騙したから出来たんじゃ。 今の状況を何とかしようとするなら、それこそわしが国の全権を任された上で時間があれば何とか出来んこともないだろうが、そいつぁ無理な相談だ」 桃色の髪を撫でていた手がそっと離れ、どちらのものとも判らない溜息が漏れた。 「色々考えちゃみた。いっそアルビオンに単身乗り込んで次から次へとレコン・キスタの貴族を暗殺してみりゃちったぁ足止まるかもとかな。だが対症療法でしかない。本当にこの状況ひっくり返すには奇跡の数が足りん。 今日のオーク鬼倒すのに、煙幕弾もヌーベルワルキューレも杖もナシで武器だけ持って真正面から前に出なくちゃならんくらいの状況だ」 普段から気楽なジョセフが、真剣な顔をしてそう言うのならそうなのだろう。 ルイズは悲しくなって、ジョセフの肋に手を回して顔を埋めた。 貴族とはいざという時に身を捨てる覚悟がいるのだと、両親から教えられてきた。貴族を束ねる王族は、それ以上の覚悟を持たなければならないということも。 けれど、判っていた事とは言え、やはり悲しいものは悲しい。 せっかくウェールズを救い出して来たと言うのに、愛し合う二人がこんな事で引き裂かれるのを見なければならないのは……判っていても、悲しいのだ。 この旅の間、一緒に過ごしてきたからよく判る。アンリエッタがウェールズを好きになってしまうのは自然なことだ。誇り高くて優しくて、なのに偉ぶったところがない。 国が滅んで、愛する人が手の届かないところに行こうとしているのに、その悲しみを見せず何事もないように振舞っている。 アルビオンから戻ってきた森の中で思わず漏らした言葉が、そう容易く変わるはずはない。今でも王子の心の中には、辛い痛みが存在しているのに、その痛みを優しげな微笑みで隠している。 そんな王子様の振る舞いを見ていれば、どうしてこんな優しい王子様が幸せになれないのか。そう考えるだけで、胸ごと心が締め付けられるように悲しくなった。 「……あー、ちょっといいかい」 地面に置かれたままのデルフリンガーが、ちらり、と鞘から刀身を覗かせる。 「なによ」 ルイズはジョセフに抱きついたまま、そちらに視線を向けようともしなかった。 「なんだろうな、せっかく宝探しの旅に出てるってのに俺っちだけホント蚊帳の外でよォー。どうしてガンダールヴが剣使わないで頭使って戦ってんだ? こう肉とか骨とかズバァーッって斬りたいのよ、曲がりなりにも伝説の剣としての存在意義があるわけじゃん?」 ここまでの宝探しの旅で、一度も血に塗れるどころか何も斬ってすらいないデルフである。今回の持ち主であるジョセフが近接戦闘よりも遠距離戦闘や策略を得意とする使い手の上、魔法を使う敵がいないのも伝説の剣の出番をより少なくしてしまっていた。 用心の為に抜かれることはあっても、剣が届く距離に敵がやってくる前に魔法やらハーミットパープルやらが決着をつけてしまう十日間であった。 「相手の手の届かないところから攻撃するのは戦術の基本の基本の基本じゃからしょーがないじゃろ」 「いやそりゃあそーだけどよォ……まあいいや、わざわざそんな話をする為に出てきたんじゃない。俺っちも伝説の剣なワケだし、相棒も最近はどうも俺っちないがしろにしがちだが、伝説の使い魔なワケだ。これってけっこう偶然にしちゃ出来すぎてね?」 「……何が言いたいのよ」 「あれよ。物事って動き出すまではドッシリ構えてビクともしねえが、一度動き出したらものすごい勢いで転がってくモンだってことよ。で、転がってる真っ最中って意外と転がってるコトに気付かないモンさ」 顔もないくせにしたり顔で喋るデルフリンガーに、ルイズは無言で手を伸ばすとデルフリンガーの鞘と柄を掴んだ。 「待て! まだちょっと待って! メイジが呼び出せる使い魔ってメイジに見合った使い魔が来るんだよな! だとしたら、伝説の使い魔を呼び出せた娘っ子は――」 「気休めは必要ないわ」 なおも言い繕うとした剣の言葉を氷を思わせる響きの言葉で掻き消して、ちゃきん、と鮮やかな鍔鳴りを立てて鞘に収めてしまった。 その後、テントの中に言葉はなかった。 ルイズはもう何も喋る気持ちになれなかったし、ジョセフも無言で抱きついて来るルイズに腕を貸すだけだった。そしてデルフリンガーも、それ以上は何も言わず鞘の中に納まっていたのだった。 * コルベールのフットワークは軽い。 魔法学院で教鞭をとる教師という人種は、主に伝統と格式を重んじる。そしてその伝統と格式はかつて名のあるメイジによって記された書物と、何より由緒ある血筋の貴族の側にあると信じて疑わない。 つまり実力あるメイジは自らの魔力の他に、図書館通いと派閥構成に長けた者が自然とそう呼ばれることになる。現在のトリステインでは、派閥構成の方が圧倒的な重きを占めてしまっていたが。 この範疇でくくれば、コルベールは実力のないメイジという扱いをされてしまう。 図書館通いこそは教師だけではなく、図書館に永住しているとさえ言われるタバサに匹敵するだけの実績はあるものの、派閥構成という重要なカテゴリーを彼は完全に放棄していた。 それどころか、訳の判らない研究に没頭して先祖伝来の領地や屋敷まで手放したコルベールを、どの派閥も表立って口にしないが良くて軽んじ、悪ければ蔑視していたことは紛いない事実であった。 だが当のコルベールは、そのような事に頓着する気配さえない。色々実験してみたいアイディアが山のように積み重なっている為、そんなどうでもいいことにかかずらっている暇はないからだ。 特に異世界から来たと言う異邦人がもたらしてくれた技術と希望は、彼の研究意欲をこれまでにないほど加速させてくれていた。 今まで誰も理解してくれなかった自分の研究を絶賛し、しかも行くべき方向が間違っていないことを教えてくれた友人に、せめて何か礼をしたいという気持ちが芽生えたのは、一般的な貴族の範疇から外れているコルベールにとっては当然のことだった。 少し自分の研究の手を休め、図書館で異世界に関係しそうな書物を調べていたコルベールは、程無くして奇妙な伝説を発見する。数十年前、東方から現れた巨大な鳥のような存在が二つ、ハルケギニアを飛んでいたと記された書物に行き当たったのだ。 それは風竜のような速度で空を飛び、上空を飛び去ってから数秒後に雷のような轟音を大地に響かせた。そのうちの一つはやがてラ・ロシェール付近の草原に降り立ったが、もう一つは日蝕が作り出した闇の輪の中へと飛び去り、姿を消したと言う事だった。 そして大地に降りた「それ」からは一人の男が現れ、タルブ村に住み着いた。二度と空を飛ぶことのなかった「それ」は『竜の羽衣』と呼ばれて現在でも村の名物として拝まれている、と言う下りで締められていた。 「もしかすればミスタ・ジョースターの言う異世界に関係するものかもしれない!」 普通のメイジなら眉唾か与太話として切って捨てるところだが、コルベールは本を本棚に戻した数分後にジョセフにこの話を伝えるべく走り出していた。 しかしジョセフは主人や友人達と共に、泊りがけの研究旅行に行ってしまって不在だった。 ここでコルベールが持ち合わせていた高い行動力は、黙ってジョセフが帰ってくるのを待つなどという悠長なことはさせない。すぐさま旅の準備を済ませると、馬に乗ってタルブの村へと出発した。 それがジョセフ達がオーク鬼達討伐作戦にかかる前日の話であった。 ――物事って動き出すまではドッシリ構えてビクともしねえが、一度動き出したらものすごい勢いで転がってくモンだってことよ―― To Be Contined → 戻る
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ジョセフの朝は早い。 彼自身としてはもっと寝ていたいのだが、御年68歳になった彼はどうやっても夜明け頃には目が覚めてしまうのだ。しかも最近は睡眠中にも波紋呼吸をするよう心がけていた為、疲労はかなりの短時間で解消されてしまうので睡眠を取る必要もあまりない。 その為、ルイズはジョセフの寝顔をほとんど見たことはない訳だが。 「……んぁ?」 さて目覚めてみれば何やら顔の上に紙が乗っていた。 「なんじゃこりゃ」 指先で摘んで見てみるが、何の変哲もない紙でしかない。 何故こんなものが顔に乗っていたのか首を傾げるジョセフに、鞘から顔を覗かせたデルフリンガーが声を掛ける。 「相棒の運の太さにはほとほと感心させられるぜ」 「何言っとんじゃオマエ」 「俺っちから見た感想だよ相棒」 更に首を傾げる角度を大きくしながらも、軽く伸びをして窓の外を見てみれば月が煌々と輝いており、東の空がほのかに白んでいるところだった。 「さぁて、今日も一日の始まりじゃの」 服を着替えてから、洗濯物の入った籠を抱えて水場へ向かう。 水場に到着すると井戸から水を汲み上げ、タライに水をたっぷりと張ってしまう。その水で顔を洗った後、服をまとめて入れた後で石鹸を指でちぎって入れてから、波紋を練り込む。 そしてほのかな山吹色の光を全身から発した後、波紋を集約させた右手をタライの中に突っ込んだッ! もももももももも…… タライの中で迸る波紋は水を緩やかに微温湯にしていき、石鹸を柔らかく蕩けさせる。 タライから溢れんばかりに盛り上がった大量の泡は一粒一粒が肌理細かく、服の繊維の隙間にくまなく入り込んで汚れを浮き落とす事請け負いである。 十分すぎるほど泡が生まれたのを確認すると、反発する波紋を流してタライの中で水流を発生させる。しばらく一方向に回したら、次は逆方向に回す。 水流が変わるたびに泡がぐるりと巻き起こり、虹色に輝くシャボンが宙に舞う。 「輝虹色の波紋疾走(レインボーブライト・オーバードライブ)じゃよ。あーラクチンラクチン」 かつてリサリサの下で波紋修行に明け暮れていた時、洗濯当番をしていたシーザーがこの技を使っていたのを盗み見してコッソリと自分流に開発した波紋である。 当のシーザーは洗濯前に何やらブツブツと懺悔してはいたものの、この技(シーザーは『シャボン・ランドリー』とか名付けていた)を使わない選択肢はなかったようだ。 洗濯板で根気よくゴシゴシと衣服と格闘するよりは、手を突っ込んでぼけーとしてるだけで洗濯が終わるのだから面倒くさがりのジョセフがこれを使わない手はないというものである。 召喚された当初はボケ老人を装う必要があったから使いはしなかったが、波紋がバレた今となっては隠すメリットが何一つない。というわけで、波紋はハルケギニアで有効活用されることとなった。 夜明け空の向こうでシーザーが「てめェーッジョセフッ! 誇り高い生命の力をなんだと思ってやがるゥーッ」と憤ってたりするが。 「年を取ると耳が遠くなっていかんわい。最近目も霞んできたのォー」 ジョセフはあからさまにシカトを決め込んだ。 しばらくして泡が落ち着いてきたのを見計らって、すすぎに入る。 すすぎに使う水も当然波紋をたっぷりと流し込んでいるので泡が残る心配もない。 最新型の日本製洗濯機にも負けず劣らずの波紋の性能に、ジョセフも御満悦である。 「ふはぁー、一働きすると気分がええわいッ。さ、後はこいつらを干すとするかッ」 物干し場に洗濯物を干してしまえば、続いて部屋の掃除である。 水一杯の桶を両手にぶら下げて部屋に戻ると、用意した箒にはたきに雑巾に波紋をかける。それから掃除用具をハーミットパープルに絡めさせる。 「ハーミットパープルッ! 部屋の汚れを掃除しろッ!」 すると掃除用具を構えた紫の茨が部屋中に迸り、部屋中の掃除にかかる。これもジョセフが編み出したスタンドの有効活用法である。 念視の応用で、ルイズの部屋を媒介として部屋の汚れを念視する。そして波紋付きの掃除用具が辿り着けば、そこで適当に動かすだけで吸着する波紋が埃をふき取るという寸法である。 スタンドは使用者の精神に応じて成長していくものである。ジョセフのハーミットパープルにしたって、最初のうちはDIOの姿を念写する為に一台三万円もするインスタントカメラをブッ叩いて写真を出すことしか出来なかった。 だが旅の中で何度もスタンドを使うたびに、テレビを用いた読心能力も誕生したし、世界中のゲーム機と照合してイカサマがされてないかどうかさえ判るようになったのである。 機械が存在しないこの世界では、「ジョセフの雑用をこなす」ためのスタンドとしてハーミットパープルは大活躍を見せていた。 やがてハーミットパープルがしゅるしゅるとジョセフの元へ戻ってきた時には、ルイズの部屋は十分キレイになっていた。 「ま、こんだけやりゃルイズも文句は言わんじゃろ」 「てーしたモンだよなースタンドってーのは。お嬢ちゃんもこんなアタリの使い魔引いたんだから果報者だぜ」 デルフリンガーが感心したように言うのに、ジョセフもカラカラと笑う。 「まー家族や知り合いにゃ絶対見せられんがのー。もしわしの主人が男じゃったりしたらわしゃここまでマメに働いとりゃせんからのォ」 「はっはっは、相棒は見たとおりのドスケベだな」 「はっはっは、そんなに誉めんとってくれテレちまうじゃないか」 わっはっはっは、と老人と剣が笑いあう貴重なシーン。 けっこう賑やかに会話しててもルイズがそう簡単に起きてこないことは知ってるので、ジョセフもデルフリンガーも声を潜めることなくバカ話に興じるのである。 その後はルイズを起こす時間までのんびりと休憩である。 朝も早くからメイド達が忙しく働いている食堂に行けば、シエスタが自分からジョセフの姿を見つけて駆け寄ってくる。 メイド達もシエスタがジョセフに恋慕の念を抱いているのは周知の事実なので、微笑ましげに立ち話を見守っていた。無論その後で根掘り葉掘りある事ない事を聞き出す為でもあるが。 そして戦場そのものの喧騒が聞こえる厨房に行けば、マルトーを始めとする料理人たちがそれこそ命懸けで立ち回っている。ジョセフの姿を見つけたマルトーは仕事の手も休めないまま、ジョセフとガハハと会話を始める。 何分か話した後で、焼き上がったばかりのクロワッサンを一つ投げてよこす。ジョセフはほかほかのそれを有難く受け取ると、廊下を歩きながら行儀悪く食べてしまう。 そして太陽も地平線から離れ始めた頃、ルイズを起こす時間となった。 毛布に包まりながら「うーんもうたべられないー」などとお約束じみた寝言を言っているルイズの肩とお腹に手を当てると、ゆっくりと波紋を流し込んでいく。 波紋を流し込まれたルイズの体温は緩やかだが着実に上昇して行き、やがてルイズの目がぱちりと開いた。 「…………ぁー……おはよ、ジョセフ」 昨夜の舞踏会からジョジョと呼ぶことにしたはずのルイズだが、寝ぼけた頭ではつい慣れた方の呼び方をしてしまった。 「おうおはようルイズ。ほら、今日もいい天気じゃぞ」 それから顔を洗おうとして洗面器に用意された水に手をつけて「水冷たいー。お湯にしてー」とごねるルイズに苦笑しつつ、水に指先をつけて波紋でお湯にする。 お湯で洗った顔をタオルで拭いてやると、続いて化粧台の前に座らせて髪を櫛で梳く。それから寝巻きを脱がせて下着を着けさせ、制服を着せていく。ガタイの宜しい老人が幼い美少女の服を着せていく姿を見ているデルフリンガーは、密かに嘆息せざるをえなかった。 (おーおー、嬉しそうな顔しちまってなァー。相棒だけならともかく娘っ子も満更じゃないって顔してるんだからなァー。世も末ってヤツだよなァー) ジョセフは気付いていないようだが、服を着せられているルイズの顔にはほのかな桃色が差していた。これまでは従者に服を着せている主人らしく、特に表情に変化はなかったのだが。 けれどもそれがどのような感情に起因する桃色なのかは、さすがのデルフリンガーにも判別できなかった。 そして服を着せ終わっていつでも部屋を出て行ける、という段階でも、まだたっぷりと時間に余裕はあった。 ここでルイズは勤勉に朝の予習を始め、ジョセフは毛布の上で怠惰に寝転んでいた。 「おうそうじゃルイズ。なんか秘薬の材料で足らんモンはないか。今日は城下町に行く予定じゃったから、行き道の近くにあるようなモンじゃったら集めてくるぞ」 「あ、そう? じゃあ、ちょっと待ってなさいよ……」と、引き出しを確認した後で「ああ、ズフタフ槍の草にオニワライタケがそろそろ無くなりそうだわ」と答えた。 「それなら近くの森で採取できるかの。地図貸してくれ地図」 「はいはい」 そんなやり取りの後に、学院付近の地図、それからズフタフ槍の草とオニワライタケが入ったガラス瓶を引き出しから取り出し、地図と草とキノコをテーブルの上に広げてハーミットパープルで念視する。 そうするとそれぞれの群生地を茨が指し示すという塩梅である。後は実際この場所に行ってからハーミットパープルを出せば、茨がそれらを感知して伸びていくというワケである。 「ん、まあこの辺りじゃのォ。よしよし」 とりあえず大まかな場所を確認すると、地図を戻す。 そうこうしているうちにそろそろ部屋を出る時間となった。 「んじゃそろそろ朝メシじゃの」 今日の賄はなんじゃろか、と立ち上がるジョセフに、ルイズがやや慌てて口を開いた。 「あ! ジョセ……じゃなかった、ジョジョ! 今日から、その……あれよ。ちゃんとしたご飯、用意させてるから」 たったそれだけの言葉を言う間に、ルイズの白い頬はすっかり赤くなっていた。 しかしジョセフも、ルイズの言葉に鳩が豆鉄砲食らったような顔になっていた。 「え? まだ飯抜きの期間は終わってないじゃろ」 食事抜きの罰を言い渡しまくったのは誰あらぬルイズである。だがルイズはジョセフの当然の指摘に、何やら椅子をがたんと倒しながら勢い良く立ち上がった。 「いいいいいのよっ! その、あれよ! 使い魔がただのボケ老人じゃなくて、ちゃーんと有能で従順な使い魔だって判ったんだから、ちゃんと主人として報いるところがなければダメなのよ!」 ものすごい早口で言い切るルイズだが、要は「あんまり酷い仕打ちをしてるとジョセフが別の誰かに取られてしまうかも」という危機感が芽生えたという事である。 食事抜きの罰を言い渡した時も、かなり堂々と厨房付きのメイドに尻尾を振って食事を恵んでもらってたし、例えメイドからの補給ルートを遮断しても、ギーシュやキュルケなどの並み居る友人達から幾らでも食事を得ることは出来るだろう。 特ににっくきキュルケに餌付けさせたりなんかしたら、このスケベ犬はすぐに尻尾を振ってついていくに違いない。それだけは何としてでも阻止せねばなるまい、と考えたルイズは、舞踏会が終わった後で、明朝からのジョセフの食事を追加させたという次第だった。 ルイズとしては(ふふ、これで使い魔には寛大な主人という印象も植え付けられて一石二鳥というワケだわ! 私ってなんて頭脳派なのかしら!)と無意味に勝ち誇っているのだが、ジョセフとしてはおおよそのルイズの意図は察していた。 けれど空気の読めるジョセフは、バレバレ過ぎるルイズの思考を指摘することもせず。にこりと微笑んで、深々と頭を下げた。 「わしは情け深く可愛らしい主人にお仕え出来て、全く身に余る光栄ですじゃ」 「そうでしょうそうでしょう。じゃあご主人様の慈悲深さに深く感謝しながら美味しい朝食を噛み締めなさいよっ」 あっさりとジョセフの甘言に騙されて鼻高々にカバンを持って部屋を出て行くルイズ。その後ろをいそいそとついていくジョセフ。 ルイズ主従から少し遅れて部屋から出てきたキュルケとフレイムは、ルイズとジョセフの後ろ姿を目撃することになる。これを目撃したキュルケの感想は(よくわかんないけど、ジョセフは色々大変ねえ)と思い、フレイムは(全くですねぇ)としみじみと同意した。 食事は用意したものの、さすがのルイズでも使い魔で平民をアルヴィーズの食堂のテーブルに付かせる度胸はなかった。 というわけで結局、いつものように厨房の片隅で貴族の食事を取ることになったわけだが。 「……なんつーか居心地わりぃのォ」 特に見られて困るわけでもないのでテーブルマナーにも頓着せずに食べはするが。昨日まで賄いを分けてもらってた所でいきなりランクアップした料理を食べるのは難しいものがある。 美味しいのは確かだが、周囲の人々と一人だけ違う食事を臆面もなく味わえるほどにはジョセフの鉄面皮は厚くなかった。全員が微妙に視線をそらしてくれる心遣いがまたせっかくの料理の味を判らなくしているのがどうにも辛い。 「なあ我らが剣。なんだったら賄い用意するぜ?」 大体事情を察したマルトーがそう提案するが、ジョセフは苦笑しながら首を横に振った。 「いやー……うちのご主人様が用意してくれたモンじゃからのォ。有難く頂かにゃならん」 ルイズは好意で用意したんだろうというのは判るが、今までの仕打ちの中で最もジョセフに効果的なダメージを叩き込んだのはコレだった。何と言うかルイズの空気読めなさっぷりに、苦笑を止めようとも思わなかったジョセフである。 「宮仕えは色々と大変だよなぁ、同情するぜ。でもフライドチキン一つくらいは入るよな?」 「すまん、よろしく頼む」 結局、その日の朝食で一番美味しいと感じたのは、1ピースのフライドチキンだった。 食事を終えると、シエスタお手製のサンドイッチとワインの入ったバスケットを受け取り、厩舎に出向き馬を借りる。前もってルイズが馬の使用許可を取っているし、厩舎番の使用人達からも好意的な反応を受けているので全く問題もない。 まず城下町に行き、武器屋で以前頼んだ品物を受け取りに行く。最初の出会いからして悪乗りが過ぎたため、親父はジョセフを自分の命を取りにきた死神のような目で見ることは仕方のないことだった。 そんな親父に用意させた小型のボーガンと、このボーガンには間違いなくサイズの合わない強靭で長い弦。それを数本受け取り、秘薬屋に寄ってルイズの求めていた材料を買う。 昼食は広場の噴水の淵に腰掛けてサンドイッチとワインを嗜んで、帰りがけに近くの森でズフタフ槍の草とオニワライタケを採取して、バスケット一杯に詰めて帰る。 ヴェストリの広場にボウガンと弦を置き、部屋にバスケットを置いた後、ちょうど授業が終わった教室に大手を振って入ると、いつもの通り益体もない世間話に興じる。その話の輪の中には、赤い洗面器で笑える会の一員であるルイズも、加わっていた。 だが今日は夕食前まで続く会合は、「今日はすまんが用事があるんでここまでッつーことでなー」というジョセフの言葉で、惜しまれながら解散となった。 だがジョセフは、帰ろうとしていたギーシュを呼び止めた。 「おうすまんの、前に言ってた話を試したいんでの」 その言葉に、ギーシュはぽんと手を叩いた。 「ああ、あの話だね? 準備が出来たって訳だ。この『青銅』のギーシュが友人の頼みを断るはずがないということは、無二の親友であるジョジョは判ってくれてるんじゃないのかい?」 いちいちキザったらしい言い方と大袈裟な身振り手振りが、注意を引かないわけもない。 ルイズが目を光らせて「使い魔が何をするのかきちんと監視しなければいけないわっ」と付いていけば、キュルケも本を読み続けるタバサの手を引いて付いていくし、モンモランシーもこっそりとその後ろを付いてきた。 普段あまり人気のない広場に集まる四人の貴族と一人の使い魔。 「で、何するのよ。また決闘?」 胡散臭げにねめつけるルイズに、ギーシュが応える。 「バカな事を言ってはいけないよミス・ヴァリエール。今日は親友のきっての頼みに、不肖『青銅』のギーシュが……」 自分の世界にはまり込んで造花の薔薇を口に咥えたまま話し出すギーシュはさておいて、代わりにジョセフがルイズに答える。 「あれじゃよ、この学院の生徒はメイジじゃとは言ってもな。メイジじゃないわしはそれ以外の手段も用意しときたいんじゃよ。で、ギーシュの協力を仰いだッつーワケじゃ」 「前置きが長いのよギーシュは」 「顔はいいんだからそのバカさ加減をもうちょっとセーブしなさいよね」 「興味ない」 「いつも私が色々言ってるのにどうして直そうとしないの?」 「…………」 女性四人からの集中砲火を受けて冷や汗がたらり流れるギーシュだが、すぐさま気を取り直して口に咥えてた薔薇を指先に挟んで高く掲げた。 「ま、まあそれはさておいて。とりあえず練習はしてたから、後は現物さえあればそれで修正をかけていくよ」 「オッケーじゃ。んじゃちょいと待っとれよ」 と、広場の隅においていたボウガンと弦を持ってくる。 「んじゃこのボウガンを参考にしてじゃな。で、ここはこうなって……」 「うんうん。ここの部分はこうなってるのか……意外と単純だね?」 精悍な老人と金髪の美少年が顔を寄せ合って何やら相談する光景。 「どうしたのモンモランシー。よだれ出てるわよ?」 「あ、え? あ、ああごめんなさい」 そこから後は何やら男同士でしか判らない様々な相談が始まり、レディ四人を見事に置いてけぼりにしてしまう。 ジョセフとギーシュが一通り相談を終えて固く握手を交わした時には、既に四人の姿は広場から失せてしまっていた。 To Be Contined →
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次の日。ジョセフは女神の杵亭で最も上等なスイートルームで惰眠を貪っていた。最初に入った部屋とは広さも大きく違うし、ベッドにしたって天蓋付である。そして非常に大きい。二人寝てもまだスペースが余るキングサイズだった。 しかしその大きなベッドで眠るのはルイズ一人だけで、ジョセフはリビングのソファで毛布に包まって波紋呼吸の寝息を立てていた。ソファとは言っても2m足らずの背丈があるジョセフが足を伸ばして眠れるような代物で、普通のベッドと比べても遜色のない寝床である。 昨日の夜に、意訳すれば「子爵殿はまさか婚約者を粗末な部屋で寝かせて自分が豪華な部屋で寝るつもりじゃあありませんよなァ~~~~~~?」という論調でとても紳士的に交渉した結果、この夜のスイートルームにはルイズ主従が宿泊することになった。 だが広いとは言え、ベッドが一つしかない室内を見たジョセフの怒りがルイズに見えないように再び生み出されたのは言うまでもない。 そんな紆余曲折はあったものの、いつもより柔らかい寝床でたっぷりと惰眠を貪ったジョセフは、いつものようにルイズよりずっと早起きしてしまい、暇を持て余していた。 仕事は宿の使用人がするし、暇を潰そうにも本は読めないし何もすることがない。散歩に行こうかとも思ったが、自分がいない間にあのキザ子爵が来るかもしれないし、何よりいつ新たな刺客が来るとも判らない。 ということで、静かな室内で何もすることなくソファに寝転がるしか出来ないジョセフだった。元々落ち着きのない性格で、動いていなければ時間を過ごすことのできない性格である。 已む無く、せめてもの時間潰しにルイズが起きるまで転寝を繰り返していた。 何度目かに転寝から覚醒したその時、扉がこんこんとノックされた。 「はァい、どちらさんですかな」 ソファから起き上がり、扉は開けないまま声を投げる。 「私だ、ワルドだ」 ヨダレ垂らしてる牛を見た時のような顔をしながら、それでも無視する訳にも行かずイヤイヤ立ち上がってドアを開けに向かう。 「主人はまだ寝てるんですがの、子爵殿」 ドアを開ければ、ジョセフとワルドは同じ高さの視線を交えることになる。 「おはよう、使い魔君」 言葉の裏に短刀を潜めた言葉を交わしあいながらも、互いの表情は穏やかなものだった。 「おはようございます。わしの記憶が確かなら出発は明日の朝のはずでしたなァ。こんなに朝早くにレディの部屋に忍んで来るとは、あまり感心できませんな」 ジョセフの皮肉たっぷりの言葉にも、ワルドはにこやかに笑みを返した。 「君は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろ?」 「……は?」 訝しげにワルドをねめつけるジョセフに、ワルドは取り繕うように言葉を重ねる。 「その、あれだ。フーケの一件で僕は君に興味を抱いたんだ。グリフォンの上でルイズに聞いたが、君は異世界からやってきたそうだね。おまけに伝説の使い魔『ガンダールヴ』だとも聞いたよ」 「はぁ」 ジョセフは「何が何だか判らない」という顔をしているが、内心では(こぉのバカ子爵ッ! こいつぁなんと頭脳がマヌケなんじゃッ!)と呆れ返っていた。 「僕は歴史に興味があってね。フーケを尋問した時に、君に興味を抱き、王立図書館で君の事を調べたのさ。その結果、『ガンダールヴ』に辿り着いた」 ワルドの言葉を聞いているように頷きながらも、ジョセフの頭脳は「主人ですら知らない事をコイツはどこから知ったのか」の推測を進めていた。 手袋に隠れている使い魔のルーンを見たのはコルベールとオスマンのみ。 自分がガンダールヴだと言う事を知っているのは、自分を含めてもその三人。フーケが自分の戦いぶりを見ていたとして……ハーミットパープルももしやすればバレているかもしれない。だが遠目に見えたあれがどんな能力を持つかは正確に判らないはず。 『先住魔法』と誤解されるか、それとも『ガンダールヴ』の能力の一片と考えるか。 少なくとも向こうはこちらをただの老いぼれとは考えていない、と見るべきだ。 だが他の可能性も考えてもいいかもしれない。『ガンダールヴの情報はフーケ経由ではない』という可能性と、『フーケとフーケ以外から情報を得てきた』ということだ。 ガンダールヴの主人は虚無の使い手であろう、とはオスマンの言である。あの爆発魔法を虚無の使い手の片鱗だと見た、か? ルイズを虚無の使い手と仮定すれば、ゴーレムと立ち回れる自分をガンダールヴと呼べる、か。 (――苦しいがないとも言い切れん。情報がどうにも少ないッ) 言える事は、向こうはどこからかガンダールヴの情報を得ていること。それとどんなマヌケでも判る嘘を漏らす締りの悪い口と、ミスの一つも誤魔化せない大マヌケだということだ。ジョースター不動産ではバイトすら出来まい。 ジョセフの中で、警戒レベルが再び上がる。今度は少し、警戒を強めに。 「あの『土くれ』を捕まえた腕がどのくらいのものだか、知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」 先程のワルドの言葉から、この言葉が終わるまで数秒足らず。この間にジョセフの頭は現時点での情報判断を終えていた。 「手合わせ?」 「早い話が、これだよ」 ワルドは腰に差した魔法の杖を指し示した。 「殴り合いかね」 ジョセフは鼻白みながら、ハン、と息を吐いた。 「その通り」 ワルドは不敵にジョセフを見るが、あからさまな温度差が二人の間に生まれていた。 「どうでもいいんじゃが、喧嘩吹っかけるならもうちょっと相手見てからにせんとなァ。お互いになーんもメリットがない。わしはんなメンドーくさい事なんかやる気もないし、そっちは勝っても自慢出来んし負けたら魔法衛士なんぞ引退モノじゃろうに」 手の内を見せたくないと言うのも大きな理由だが、最大の理由は「めんどくせェ」の一言に尽きる。別に誰かが侮辱されたわけでもないし、得るものもない。 「おや、君は僕の挑戦を受けてはくれないのか?」 「受ける理由がどこにあるっつーんじゃ」 と、有無を言わさずドアを閉めようとしたジョセフから、ワルドの視線が外れた。 「ああおはよう、僕のルイズ」 ワルドの声にジョセフが後ろを振り向くと、そこには寝ぼけ眼を擦るルイズが立っていた。 「……ワルド? どうしたの、こんな時間に……」 「ああ、これはよかった! ルイズ、実は君の使い魔に手合わせを頼んでいたのだが。どうにも御老人の興を誘うことが出来なくてね」 ジョセフ本人の了承を得られないなら、次はルイズから攻め込もうとする。 「もう、そんなバカなことはやめてワルド! 今はそんなことしてる場合じゃないでしょう? ケガなんかしたらどうするの!」 「そうだね。でも、貴族と言う人種は厄介でね。強いか弱いか、それが気になるといてもたってもいられなくなるのさ」 ワルドの言葉に、もう、と困った顔をしたルイズは、ジョセフを見上げた。 「ワルドったら本当に困った人だわ。ジョジョ、そんなの受けなくてもいいのよ」 しかしジョセフは顎ひげを親指の腹で撫ぜると、ワルドを見やった。 「いいじゃろ。どこでやるんじゃ?」 その言葉に、ルイズは大きく目を見開いて息を呑み、ワルドは満足げに頷いた。 「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備える為の砦だったんだ。中庭に練兵場がある、そこに来てもらおう。ルイズ、君には介添え人になってもらいたい」 「ちょっと! いきなり何を言い出してるの!? やめなさい、これは命令よ!?」 突然の展開に慌ててジョセフの服の裾をつかむルイズだが、ジョセフは主人の頭を軽く撫ぜるだけだった。 「あー、ちょっとした遊びじゃよ遊び。なぁに、ケガはせんように気をつける」 「そういう問題じゃないわ! 二人とも大人なんだからやっていいこととそうでないことの区別くらいつくでしょ!?」 本気ではないとは言え、自分の婚約者と使い魔が戦うのを見て無邪気に喜べる性格ではないルイズである。 ルイズが一生懸命二人を翻意させようとするが、二人揃って考えを改める様子は見られない。ややあって、溜息をつくと二人に言った。 「……判ったわ。服を着るから、先に行ってて」 説得を諦めたルイズは、肩を落としながら着替える為に寝室に戻った。 ジョセフとワルドは、今ではただの物置き場でしかない練兵場にやってきた。ワルドがかつてこの砦が誇った栄華について朗々と語っているが、ジョセフにとっちゃどうでもいい事でしかない。 ワルドの話よりも、ここがどんな場所で何があるか。それを確認する為に、帽子で隠した視線は物置き場を眺めていく。 自分とワルドの距離はおおよそ二十歩ほど。周囲には樽や空き箱が積まれ、石で出来た旗立台はかつて旗が立てられたのがいつか判らないほど苔むしている。 (ろくすっぽトラップは仕掛けられんなァ。身一つでどーにかせにゃならんか) 腰に差したデルフリンガーの柄を握れば、義手に刻まれたルーンが光る。 小気味良い金属音が物置き場に響いた直後、ルイズが憂鬱な面持ちで歩いてきた。 「では、介添え人も来た事だし始めるか」 ワルドは腰から杖を引き抜くと、フェンシングの構えのように前方へ突き出す。 (いかんなァ。既に得物の時点で不利じゃわいッ) 両手剣のデルフリンガーと、片手で取り回しが聞くフルーレのような杖。これが全身鎧に身を固めているなら兎も角、ただ布の服しか着ていないとなれば重要視されるのは威力よりも手数と速度。それに関してどちらが適しているかと言えば、答えはとっくに出ている。 しかも向こうには風の魔法もある。それと互角に戦おうと思えばハーミットパープルも使うことを念頭に置かなければならないが、ジョセフに使う気はこれっぽっちもない。 ガンダールヴの能力とデルフリンガーと波紋でどうにか賄わなければならないのだ。 「ま、お互いケガしても恨みっこナシッつーことで頼むぞ」 「構わん、全力で来るといい」 薄く笑うワルド目掛け、ジョセフは大上段に剣を掲げた。 「行くぞォッ!!!」 気合一閃、羽根のように軽い両脚で地面を蹴ってワルドに躍り掛かる。 (昔読んだサムライコミックに描いてあったッ! サツマジゲンリューを試すッ!) ジョセフが言っているのは、剣客マンガではオーソドックスな薩摩示現流である。 示現流の思想は実に単純にして明快、『剣を大きく振りかぶって相手を叩き斬る』ことだけをひたすらに追求した剣術である。 その為、示現流は『一の太刀を疑わず』『二の太刀要らず』とも言われ、髪の毛一本でも素早く剣を振り下ろせというほど一撃に勝負の全てを賭ける鋭い一撃を特徴とする――とは、そのコミックに書いてあった説明文だ。 無論、デルフリンガーは錆びたりと言えども重々しい金属で形成されている。ガンダールヴで強化された身体能力で頭を狙えば、大怪我で済めば御の字といったところだろう。 しかしワルドは杖で初太刀を受け止め……思わず歯を食いしばりながらも、辛うじて剣の動きを殺した。 かつて幕末の時代、示現流を修めた薩摩藩士に殺害された者は、『敵の刀を受け止めた、自分の刀の峰』で頭を叩き割られた者が多かったという。聞きかじりの鈍ら剣術とは言え、それを受け止めて見せたのはワルドの実力を如実に示すものであった。 細身の杖だというのに、渾身の斬撃を受け止めても傷の付いた様子も見られない。 ワルドは素早く背後へ飛びずさると、剣を振り下ろした直後のジョセフに、風を断ち切りながらの鋭い突きを繰り出した。 ジョセフはワルドの突きを剣を振り上げることで払うと、再びマントを翻らせながら優雅に飛びずさったワルドへと駆け込み、間合いを離す事を許さなかった。 「なんでえ、あいつ魔法を使わないのか?」 デルフリンガーの楽しげな声は、他人事のように戦いを観戦している観客のそれだった。 「遊んでくれてるんじゃろなァ」 くく、とジョセフは笑った。デルフリンガーと波紋で強化したジョセフの肉体は、魔法衛士隊の隊長であるワルドと比べて遜色ないどころか、やや押している節さえ見られる。 肉体のポテンシャルだけで言えば、ジョセフとワルドの違いは年齢を重ねているかいないか、というレベルでしかない。筋肉の付き方からしてジョセフは若者と引けを取らないのだ。 それに加え、治安の宜しくないニューヨークで仕事をする以上、護身術も習ってはいる。ジョセフはちょくちょくサボってたので殆ど身に付いていないのは御愛嬌だ。 とは言え。実戦に長けたワルドに不意打ちじみた初太刀が凌がれた今、ジョセフはチ、と内心で舌打ちした。 (アレで頭カチ割るつもりだったが予定が狂ったッ。まさか両手の唐竹割りが片手の杖で防がれるとは思いもせんかったわいッ) 予定としては、ジョセフが振り下ろした剣をルイズに余裕を見せ付けるために杖で受け止めてみせるか、紙一重で避けるかするだろうと思っていた。予想外の威力と速度を持った一撃ならば、ワルドがどう動くにせよこれで勝てると踏んでいたのは確かである。 これで決まらなかった以上、後は互いの実力が勝負を決める鍵となる――が。 今の数秒程度の切り結びで、ジョセフはワルドの実力を悟らざるを得なかった。 (そりゃー女王陛下御付の魔法衛士隊の隊長サマじゃもんなッ。そう簡単に負けたりしちゃくれんだろうがッ!) 「魔法衛士隊のメイジが、ただ魔法を唱えることだけと思ってもらっては困る」 ワルドは素早い突きを連続で繰り出すことで、ジョセフの動きを牽制しながら言う。 「詠唱さえ戦いに特化している。杖を構える仕草、突き出す動作! 杖を剣のように扱いながら詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」 「なるほど、そのつまらん御託も魔法の詠唱かね」 ちょっとした嘲笑を振り掛けた言葉と共に、ジョセフは凄まじい勢いで剣を縦横無尽に振り回す。長尺の剣であるデルフリンガーと言えども、両手で持って回す以上はややリーチに制限がかかる。 不意を取られた初太刀こそ辛うじて受け流したに過ぎないが、ワルドは既にジョセフの斬撃の間合いを見切っていた。 「君は確かに素早いし力強い。ただの平民とは思えない。さすがは伝説の使い魔だ」 軽やかなステップでかわし、杖で受け流す動きには無駄の一つもない。 「しかし、隙だらけだ。速く重いだけで技術はない。それでは本物のメイジには――勝てないッッッ」 そう言いつつジョセフの突きをかわしながら懐に入り込み、剣を落とさせようと持ち手目掛けて鮮やかな突きを繰り出す。 「むうッ!!」 腕を伸ばし切ったジョセフの手は、杖を避けるには少なすぎる小さな動きしか出来ない。波紋を使えばあの突きでさえ弾けるだろうが、出来ればあまり手の内を見せたくない…… (ならばッ!) 左手を柄から離し、襲い来る切っ先目掛けて裏拳を叩き込むッ! 突如物置き場に響き渡る、澄んだ金属音ッ! 「なっ!?」 何度も貫いた肉の感触ではなく、ゴーレムを打ち据えた時の様な感触に、さしものワルドと言えども一瞬虚を突かれる。 「わしをその辺のヘボメイジと一緒にするなよワルド」 その言葉が終わった瞬間には、ジョセフの爪先がワルドの向う脛を強かに打ち据えていた。 「ッ!!?」 「とっくの昔に義腕じゃよ」 と、痛みに歯を食いしばるワルドからバックステップで距離を取り、破れた手袋を投げ捨てて鉄製の義手を見せ付ける。 ただ漫然と義手を差し出しただけでは、ワルドの杖は義手を打ち砕いていたかもしれない。だがガンダールヴの紋章を刻印された義手の『波紋さえ留まる』という特性を生かし、反発する波紋で義手を守り、義手で受けたということで波紋を用いたという証拠をも消したのだ。 「お前は確かに強い。ただのメイジたぁ思えない。さすがは魔法衛士隊の隊長じゃな。じゃが余りにもマヌケだ。強いだけで、オツムはナメクジ程度だ。それじゃ決闘ゴッコは出来ても本物の戦いは出来んな」 先程言われたセリフを適当に改変し、楽しそうに笑ってみせる。 「そうそう、あの後で多分お前はこう言おうとしてたんじゃないかな? 『つまり、君ではルイズを守れない』とな! そのセリフ、そっくりそのまま返してやろう! 『え、お前それでルイズにカッコいいところ見せようって思ってたの?』となッ!」 くっくっく、と押し殺した笑い声をわざと聞かせ、帽子のつばを指で押し上げる。 ワルドはバネが弾ける様にジョセフへ飛び掛り、怒りを込めた速度で杖を突き出していく。 だが怒りで濁った突きは、速度や威力こそ速いが、凌げないほどではない。だが攻め返すにしても攻め入る隙を用意に見つけられないのは、正直なところだった。 剣で受け流し、間合いを取り、耐えるのがやっとという状態だ。 「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……!」 閃光のような突きを雨霰と降り注ぎながら、ワルドは低く呟いていた。 怒りに塗れながらも、それでも突きに一定のリズムと動きを持たせていた。 (くそッ、実力だけは大したモンじゃ! 杖で攻撃しながら同時に魔法詠唱することで、相手の動きを止めながらこんな距離での魔法の完成を可能にしておるッ!) 「相棒! こいつぁいけねえ! 魔法が来るぜ!」 「判ってる! 判ってるんじゃッ!」 デルフリンガーの叫びに、ジョセフが血相を変えて叫び返す。頭で理解するのと解決策を用意するのとはまた別次元の話だ。 そして魔法が完成し――空気で形成された不可視の巨大なハンマーが、横殴りにジョセフを吹き飛ばす。十メイル先で積み上げられた樽目掛けて、ジョセフが吹き飛ばされる! (このクソ老いぼれがッッッ!!!) 勝利を確信したワルドは、屈辱を晴らした笑みを見せた。 ジョセフの言った通りだった。ワルドは、この時点で。本物の戦いが出来ないことを自ら証明したのだ。 樽にジョセフが激突する瞬間、ジョセフは素早く爪先を差し出し、樽を蹴り付けッ! その蹴り付けた爪先からッ! 大量の反発する波紋を流すッ!! 樽は100キロ弱もあるジョセフを受け止め、かつ飛び来る速度を相殺した挙句、ジョセフにとんでもない推進力を提供させられることになる。哀れな樽は波紋で膨れ上がった内部の空気に耐え切れず、爆音と共に破裂したッ! 空気のハンマーで吹き飛ばされた時よりも遥かに速い踏み込みを以って、地面を低く這うようにワルドへと再び踏み込んでいくッ! 「なッ!?」 勝利を確信して弛緩させた心を、すぐさま先程までの水位に戻すことは困難を要する。 もしまだ戦いに心を置いていれば、ジョセフを今度こそ叩きのめせたかもしれない。 いや、むしろ、もっと殺傷能力の高い魔法を使うべきだったかもしれない。 ワルドの敗因を並べ立てるとすれば色々あるだろうが、最も大きなものがあるとすれば。ワルドが戦いを吹っかけたのは、ジョセフ・ジョースターだったということだ。 そのジョセフは既に自分の間合いに入り、今にも後ろで水平に構えた剣を横薙ぎに切り払ってくるだろう。カウンターしようにも、体勢の整っていないワルドにそれは出来ない。生半可に反応すれば、自分の攻撃は外れて相手の攻撃を貰うのは火を見るよりも明らか! 杖で受け止めるか、それとも身をかわすか……突然の選択を強いられたワルドは、反射的に大きく飛びずさる。剣の間合いから逃れ、ひとまず体勢を整えようとした。 先程の切り結びの中、ジョセフの間合いは十分把握している。 剣を避けた上で、身体の伸びきったジョセフに満を持して攻撃をかける――非の打ち所のない戦法と呼んで差し支えない、いい判断だった。 「うおおおおおおおッッッ!!!」 ジョセフの裂帛の気合と共に、地面に一際強く踏み込んだ左足を軸として、左腕が空気を薙ぎ払いながら横薙ぎの剣がその後を追って空気を切り裂き、ワルド目掛けて放たれたッ! だが、ジョセフのリーチと剣の長さを考えても、踏み込みが一歩浅かった! (焦ったな老いぼれッ! 僕の勝ちだ、ガンダールヴッ!!) 心の中で勝利を確信し、優雅に後ろへ飛びずさり。 ワルドの眼前を何かが通過し。強すぎる衝撃が右手を襲い。杖は、宙を舞った。 「――何?」 杖が地面に跳ねてから、やっとワルドは痺れる自分の手から杖が失われているのに気が付いた。 そして、ジョセフの剣がぴたりと喉元を狙っているのにも。 「勝負あり、じゃな。それとも杖ナシでやるか?」 信じられないものを見る目で、地に落ちた杖を呆然と見るワルド。 決着がついたと判断したルイズは、恐る恐る二人に近付いてくる。 「一体……どんな技を使ったんだ。ガンダールヴ」 震える唇で辛うじて絞り出した声に、ジョセフはニヤリと笑って剣を鞘に収めた。 「そのくらい自分で考えるんじゃな、“自称”本物のメイジ殿」 ワルドからあっさりと視線を外すと、ジョセフはルイズの方へ歩いていく。そして振り向きもせずに、いかにも楽しそうに言った。 「大サービスで技の名前だけ教えてやろう。名付けて、『流星の波紋疾走(シューティングスター・オーバードライブ)』」 流星色の波紋疾走。これもまた、ジョセフの読んだ剣客コミックからの引用である。 ジョセフは斬撃の際、両手で固く握っていた柄から右手を離し、左手のみで剣を振るったのだ。横薙ぎに剣を振るうならば、両手で振るより片手だけで掴んだ剣を、片手の腕力だけで振るほうが圧倒的にリーチが長くなる。 しかもそれだけに留まらず、右手の人差し指からは反発する波紋を流すことで剣速を加速させた。左手はただ握るだけではなく、人差し指と親指だけで柄を掴み、鍔近くから柄頭まで指の輪を滑らせることで、柄の分だけ更にリーチと威力と速度を伸ばすことに成功した。 これがもし握力が足らずにすっぽ抜けたり、剣先のコントロールが狂えばワルドの杖どころか腕や首さえ落としかねなかったが、波紋の精妙なコントロールを持ってすればさほど難しい所業でもなかった。 問題があるとすれば、「ワルドは飛びずさって距離を取る」という読みが外れた場合であるが、ジョセフはそれ以外の選択肢はないとすら確信していた。 杖で受けるには頭から爪先まで選択肢が多すぎたし、反撃するにも意表を付かれたあの状態ではろくなカウンターは取れなかった。結果、飛びずさるという選択のみが発生する。 『直前まで見せた剣の間合い』を見切らせ、なおかつワルドの身のこなしを計算に入れた上で、あのタイミングで流星の波紋疾走を放ったのだ。 だがワルドでさえ理解できなかった事が、ルイズに理解できるはずもない。 二人が決闘するという事態と、手合わせや決闘と称するには余りに過ぎた激闘に平静を失っていたルイズがほんの僅かに正気を取り戻すと、とりあえずジョセフの脛に蹴りを入れた。 「ぐはッ!?」 「あんたッ! 何してるのよッ! まさかとは思うけどケガさせたり殺す気で戦ってたんじやないでしょうね!?」 「いやちょっと待ってくれルイズ、向こうは名高い魔法衛士隊の隊長じゃろ? こっちも本気でやらんと」 「そういう問題じゃないわ! そういう問題じゃないのよ!」 ルイズは危険性についてがなり立てたいが、正直どういう攻防があったのかはほとんど理解できていない。ここで糾弾しやすいジョセフに怒鳴りつけて憂さを晴らしている状態だった。 ルイズとしてはいくらジョセフと言えども、魔法衛士隊の隊長であるワルドに勝てるとは予想すらしていなかった。しかもジョセフはこれまでにない力の入れ様でワルドに立ち向かって勝利してしまい、正直ルイズはどう反応すればいいのか判らなくなっていた。 自分の使い魔が陛下を守る護衛隊の隊長を打ち破るわ、しかも打ち破られたのは自分の婚約者だわと、どうにもリアクションに困ってしまう。 ルイズはワルドに視線をやるが、まだ痺れの消えない右手を左手で覆い、呆然と立っているだけだった。ポケットからハンカチを取り出して駆け寄ろうとするが、ジョセフがそっと肩を叩いて止めさせる。 「やめとけ、ルイズ。自分で売ったケンカで返り討ちにあったのに、婚約者に情け掛けられたらそれこそ自殺モンじゃぞ」 「でも……」 「グリフォン隊隊長ワルド子爵殿のプライドの為でもある。一人にしといてやろう」 ルイズはしばらく躊躇っていたが、声を掛けるのを押し憚れるワルドの雰囲気に、やむなくジョセフの手を取り、使い魔に引かれるままその場を去っていく。 「いっやー、おでれーたな相棒!」 物置き場を去ってから、デルフリンガーが陽気に口を開く。 「まさか相棒があんなに剣の達人だったなんて思いもよらなかったぜ! 使い手だけでもすげえのによ! あいつだってスクウェアクラスのメイジだぜ、多分! すげえな、相棒はメイジ殺しの才能があるんじゃねえか!?」 興奮したデルフリンガーはなおも言葉を続ける。 「ところで相棒よ、さっき握られてる時にふと思い出したことがあるんだけどよ。どうにも思い出せないんだよなー……随分大昔のことだからな。なあ相棒、心当たりねえ?」 ジョセフは返事の代わりに、デルフリンガーを鞘に収めた。 後でジョセフから、「あれはマンガで読んだ剣術でやったのはあれが最初、同じのをやれと言われても絶対ムリ」と聞いたデルフリンガーは、彼には珍しくしばらく絶句したそうな。 To Be Contined → 29 戻る
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「君はコルベールセンセだね! こんなトコで奇遇ですなあ!」 馬に乗っていたコルベールが頭の上から名を呼ばれたのは、その日の昼前のことだった。 ラ・ロシェールを抜け、タルブ村へと続く街道を進んでいたコルベールの前に風竜が降り立ち、その背から見慣れた生徒達が降りてきた。 「そういう君はミスタ・ジョースター! それに……ミス・ヴァリエールにミス・ツェルプストーにミスタ・グラモン! どうしたんだね、こんなところで」 研究旅行という体で一週間ほど前からいなくなっていたことは知っていたが、パッと見でも明らかに研究旅行などと言う大層な旅をしているのではないのはすぐ判った。 メイド連れの上、学院の生徒ではないらしき青年も一人混ざっている。 「そろそろ学院に帰ろうってコトになったんじゃが、近くを通りかかったんでタルブのワインを買い付けようって話になってな。コルベールセンセもワインが目当てで?」 自分から研究旅行なんてうそっぱちですよと豪快にバラすジョセフの言に、ちょっとした苦笑を浮かべながらコルベールは首を横に振った。 「いや、私はちょっと興味深い話を見つけたのでね。『竜の羽衣』というマジックアイテムがタルブという村にあるらしいんだが、それがどんなものかこの目で確かめに来たんだ」 竜の羽衣、という単語を聞いたシエスタが、驚いて声を上げた。 「『竜の羽衣』ですか!?」 「あらシエスタ、あなた何か知ってるの?」 好奇心旺盛なキュルケが、興味津々でシエスタに振り向いた。 「……ええ、『竜の羽衣』は確かに私の村にありますけれど……マジックアイテムじゃないという話なんです。確かに空を飛んでタルブに来たのを村の人達が見てたらしいんですけれど… …それ以来、一度も空を飛んだことがないんです」 視線を彷徨わせながら選び選び言葉を続けるたどたどしさに、沸点がイマイチ低いルイズが眉間に皺を寄せ始めた。 「何よ、随分詳しいじゃない。で、その『竜の羽衣』って一体なんなのよ?」 「ええと、その……私達にもよく判らないんです。私のおじいちゃんがこれに乗っていたんですけれど……こうやって話すより、実際に見て頂いた方が……」 突然の告白に、その場にいた全員の視線が一瞬完全に沈黙する。その沈黙も数秒後、一斉に破られると同時に貴族達の視線がシエスタへ向けられた。 「ちょっと! それをどうしてもっと早く言わなかったの! 今までの苦労は一体何!」 「す、すいませんミス・ヴァリエール!」 「そうよ、そういう代物なら私のツテを使えばどうとでも好事家に高値で売り捌けるのに!」 「君は酷い女だな、ミス・ツェルプストー……」 「まあまあ、これからの話は実際に『竜の羽衣』を見てからでも遅くはないだろう?」 ルイズがブチ切れ、シエスタが謝り、キュルケが早速売り飛ばす算段を始め、ギーシュがあきれ、ウェールズが宥め、タバサは読書を続ける。 「若いっていいよなァー」 「たまには抑えてもらえると有難いんだが」 盛り上がりを見せる若者達の輪を、ジジイとハゲは温かい目で眺めていた。 さてタルブという村は、ハルケギニアに数多く点在するのどかな農村だ。名物はワイン、それもトリステインだけではなく近隣の国でも結構高値がつく上質なワインである。 その為、行商人だけではなく時折貴族が直々にワインを買い付けに来ることも珍しい事ではなかった。 だが、そんなタルブ村でも同じ日に六人の貴族の来訪を受けるのは非常な珍事だった。 しかも彼らがワインに目もくれず、村の近くの草原に建てられた寺院に安置されている『竜の羽衣』を見に行くというのは、かなり有り得ない出来事だった。 「――こいつは……」 寺院を目の当たりにしたジョセフは、身動きもせずにじっと寺院を見つめていた。 「どうしたのよジョセフ」 使い魔が普段見せない不審な様子を目敏く見つけたルイズが、不審げな視線でジョセフを見上げる。 「まあ……見たことのない建物ね。ゲルマニアにもない感じだわ」 キュルケもジョセフの横に立って寺院を一瞥したが、十七年の生涯の中でも目にしたことのない、不可思議な雰囲気の建物だった。 丸木で組み上げられた朱色の門、板と漆喰の壁を木の柱に組み合わせ、屋根は黒い陶器の様な板を何十枚も並べていた。入り口に掛けられた縄から白い紙で作られた飾りが垂れ下がり、中は木の板を敷き詰めた床だった。 「こいつぁ……神社じゃあないか。どうしてこんなところに……」 「ジンジャ?」 思わずジョセフが漏らした単語は、この場にいる誰も聞いた事のない言葉だった。ルイズが訝しげに問いかけるのにもジョセフが振り向かないので、とりあえずチョップを入れた。 「おぅっ、何すんじゃよルイズ!」 「ご主人様を無視するなんていい度胸ね! どうしたのよ一体、こんな妙ちくりんな建物がどうかしたの?」 「ああ……」 不機嫌さを隠さない主人の耳元に自分の唇を持っていくと、そっと耳打ちした。 「……わしの世界にある国の建物に、凄く似てるんじゃよ」 その言葉に目を見開くと、互いの帽子で自分達の顔を隠すように頭を寄せ、声を潜めた。 「……あんたの世界の?」 「ああ……似てるなんてモンじゃない。そのまんまだ」 内緒話を続ける二人を尻目に、キュルケ達は寺院の中へ入っていった。 「じゃあもしかして、『竜の羽衣』って……」 「わしの世界から来た何か、という可能性は非常に強い。それも多分……」 「おーい、二人ともまだ来ないのかい?」 まだ建物に入ろうともしない二人を、ギーシュが呼んだ。 「……とりあえず、見てみるわ。話はそこからよ」 「そうだな」 どちらからともなく頷き合うと、寺院へと足を踏み入れた。 先に入った五人のメイジ達の背の向こうに見えた『竜の羽衣』に、訝しげな顔を隠さないルイズの横で、ジョセフは驚きに目を見開いた。 気のない様子で眺めているキュルケとギーシュ、身を乗り出しがちに見ているのはタバサ、ウェールズ。そしてガブリ寄りで『竜の羽衣』に食いついているのはコルベールだった。道案内をしてきたシエスタは、貴族達から一歩引いたところでそっと控えている。 キュルケとギーシュは一目見ただけで『竜の羽衣』をインチキな代物と判断していた。 「……興味深い」 「ああ……この目で見るまでは信じていなかったが。これは空を飛べる代物と考えていいようだ。だがその為に成立させなければならない条件がかなり大掛かりになるようだが……?」 風のトライアングルメイジであるタバサとウェールズは、『竜の羽衣』が空を飛ぶ為にどういう条件が組み合わせられればよいか、という思考を巡らせていた。 その結果、二人は『これは空を飛べる』という答えには辿り着いた。だがその為に必要とする膨大な風をどう用意するか、という点に辿り着くことは出来ない。 二人が想定するだけの風を発生させるには風のスクウェアメイジが最低二人は必要だが、それなら自分の力で飛べばいいだけだ、という結論に達していた。 コルベールは持ち前の知的好奇心を著しく刺激され、思わず早足になって『竜の羽衣』の周囲を動き回っていた。これを形作るフォルムはハルケギニアの常識からは完全にかけ離れた代物だというのに、そのどれもが研究者としての本能を甚くときめかせた。 風を大きく受けられる頑丈な翼、前方に取り付けられた巨大な風車、奇妙な材質で作られた精巧な円の車輪。『竜の羽衣』を形成するパーツの一つ一つが高度な技術で作られていることに、息を呑む思いで見つめていた。 そんなメイジ達を視界に入れることすら忘れたジョセフは、思わず声を張り上げた。 「ゼロ戦か!?」 濃緑の塗装を施されたその機体は、まるでこの前建造されたばかりのような姿を保っていた。『固定化』の魔法の効果が申し分なく働いていたためである。 思わず駆け出したジョセフはメイジ達を押し退ける勢いで『竜の羽衣』……ゼロ戦に触れた。ゼロ戦を兵器と認識したガンダールヴのルーンが手袋の中で光り、目前にある機体の情報が、ジョセフの頭脳へ一気に押し寄せてきた。 「……は、ははははは……」 見えた答えに、ジョセフは込み上げてくる笑いを抑えようとはしない。 ジョセフ以外の面々は、突然の奇行に戸惑うしか出来なかった。 「ど……どうしたんだねジョジョ。こんな、カヌーに翼をつけただけのインチキな玩具がどうしたというんだ?」 ゼロ戦とジョセフに忙しなく視線を往復させながら、ギーシュが恐る恐るジョセフに問いかける。 「そうよダーリン、こんなものじゃ空を飛べないわ。翼だって羽ばたくようには出来ていないし……こんな小型のドラゴンほどもあるモノが空に浮かぶなんて有り得ないじゃない」 キュルケも戸惑いつつギーシュの言葉を続ける。彼女もまた、これが空を飛ぶだなんて頭から信じていなかった。 「ちょっとジョセフ、これがどうしたのよ!? 笑ってないで説明しなさいよ!」 ルイズもまたそれは同じようで、笑い続けるばかりのジョセフのシャツの裾を掴んでぐいぐいと揺らして問い詰める。 「はははははっ……まさかとは思ったが、こんな所でこんな代物に出くわすとはなッ……。長生きはしてみるモンじゃあないかッ……」 若い頃の夢はパイロットだったジョセフにとって、第二次世界大戦の名機の一つであるゼロ戦を知らないという事は有り得ない。 しかもそれが博物館に展示されているレプリカではなく、現役の姿そのままの完動品として目の前に現れた。飛行機マニア垂涎の代物を目前にし、ジョセフが歓喜してしまうのはむしろ自然なことであった。 普段の飄々とした彼とは大きくかけ離れた振る舞いに戸惑うメイジ達にも構わず、ジョセフは喜びを隠そうともせず大きく腕を広げて一同に振り返った。 「こいつは飛行機だ! しかもこいつ、動く! 動くぞッ! コイツに燃料さえ入れてやればナンボでも飛ぶんじゃぞッ!」 突然そんな事を言われても、ジョセフ以外にはその言葉の真偽を判断する術がない。だがコルベールはいち早く、メイジとしての理性ではなく、研究者としての感情に判断を委ねた。 「これが飛ぶのか! 本当に飛ぶんだね、ミスタ・ジョースター!」 「ああ! コイツの中にあるエンジンがプロペラを回す! プロペラが回ったらすげェ風が吹くから、その風を受けて飛んでくれるッ!」 「なんと! こんな巨大なモノを飛ばせるだけのエンジンだというのかね!? では燃料を早く用意しなければなるまい、一体どんな燃料が必要なんだね、万難辛苦排してでもこの炎蛇のコルベールが用意させてもらおう!」 「その燃料なんじゃが、もしかしたらセンセでも知らんようなモノかもしれん。ちょっと待ってくれよ……」 コックを開けたタンクの底には、ガソリンがほんの少し残っていた。固定化の魔法はタンクに少しだけ残っていたガソリンにも影響を及ぼしており、四十年以上の時間を経ても化学変化していなかったのである。 コルベールはタンクの底を指でなぞり、指先に付いたガソリンを嗅いだ。 「ふむ、嗅いだ事のない臭いだな。熱を加えなくてもこれほど臭いを感じるとは、随分と気化し易い性質のようだ。これを爆発燃焼させて動くとすれば……私の作ったエンジンなど比べ物にならない大きな力が出るか。なるほど、それなら『竜の羽衣』が飛んでも不思議ではない」 「コイツは石油を精製して作るんだが、ハルケギニアって石油ってあるんか?」 「石油?」 「ええとだな、地下から湧いてきて燃える黒い水、って代物に覚えは?」 若者をほったらかしてジジイとハゲだけが盛り上がる最中聞こえた言葉に、タバサがぼそりと呟いた。 「それなら聞いた事がある。ゲルマニアの北部で『燃える水』をランプの灯りとして使っていると聞いた」 両手を固く握り締めて、両腕を肘ごと後ろへ勢い良く振ってガッツポーズをするジョセフ。 「よしッ! ソイツを精製したらガソリンが出来る!」 「本当かね! ならばそのガソリンを用意すればこれが飛んでいる所を見れるというわけか……! いいだろう、それでどのくらいのガソリンが必要なのかね!?」 「コイツのタンクの容量から言うと……ええと、ワイン樽で五本はいるな」 「なんと! そんなに必要なのか! だが取り掛かってみる価値はある、実に面白い!」 そこからのジョセフとコルベールの行動は迅速だった。 まず『竜の羽衣』を譲り受ける為、シエスタの生家に向かう。 今は飛ばないとは言え、タルブ村の観光資源であり、飛んでいる所を目の当たりにした村の老人やらが手を合わせたりしているということだった。 が、シエスタがジョセフを「学院で世話になっていてよくしてくれている人」と紹介したところ、現在の持ち主であるシエスタの父親は二つ返事で了承したのだった。 続けて2トン弱ある機体を運搬する為に、竜騎士隊とドラゴンをギーシュの父のコネを使って用意した。運搬料として発生したかなりの金額は、コルベールが全額受け持ってくれた。 さて蚊帳の外にほったらかされた若者達はジジイとハゲが駆けずり回っている間、二人をほっといてワインの買い付けに向かっていた。 ひとまず竜の羽衣を譲り受ける算段がついたジョセフは、シエスタの案内で祖父の墓に参ることにした。自分と同じ地球からやってきた先輩に手を合わせよう、という殊勝な気持ちになるのは、ジョセフと言えどもおかしいことではない。 祖父の墓はジョセフの予想通り、日本由来の縦長の墓石であり、そこに刻まれていた墓碑銘は読めなかったものの、漢字とカタカナ混じりの字は日本語であることは明らかだった。 「おじいちゃんが、死ぬ前に自分で作った墓石なんです。異国の文字で書いてあるので、誰も銘が読めなくて……何と書いてあるんでしょうね」 「ふーむ。日本語は話せるが読めんのじゃよなぁ……。ニ、とルだけは読めるな……」 マンガ収集が趣味のジョセフだが、良質なマンガが多く出ている日本のマンガは英訳されるのを待っている。最新のマンガをいち早く読めるメリットと、「悪魔の言語」と称されるほど難解な言語を覚えるデメリットを比べたら、デメリットの方が圧倒的に大きかったのだ。 「ニホン語、ですか?」 「ああ、わしの娘が嫁いだ国で使われてる言葉だ。お前のお爺さんはそっちから飛んできて、こっちに来たと言うワケだな。その黒い髪と目は、お爺さん似なんじゃろ?」 「あ、はい。ご覧になってもらった通り、家族みんな目も髪も黒くて。遠くから見たらすぐに家族の誰かだって判るんですよ」 うふふ、とたおやかに微笑むシエスタが、遺品を包んだ布を解く。そこから現れたのは古ぼけたゴーグルだった。これもまた固定化の魔法を受けていて、少し使い古してはいるが十分に実用に耐えうる状態を保っていた。 「おじいちゃんの形見はこれだけなんです。十年前に亡くなったんですけど、日記も何も残さなかったみたいで……遺言とこのゴーグルだけ残したんです」 「遺言?」 「はい、あの墓石の銘を読める人が来たらその人に『竜の羽衣』を渡してくれって。銘は読めなくても、またあの『竜の羽衣』が飛べるかもしれないなら、お渡ししてもいいって父も言ってましたし」 「ふーん……あと十年ほど頑張って欲しかったがなァ。そしたら、せめて世間話も出来たかもしれんが……けどワシ、イギリス系アメリカ人じゃしなー。鬼畜米英とか言われてケンカになっとったかもしらんな」 またよく判らない単語が聞こえるのに、曖昧な笑みを浮かべるシエスタを見たジョセフは、(やっぱり日本人ってどこでもこういう感じになるんかなー)と内心感心していた。 「それで……お渡し出来る人には、こう告げてくれと言ったんです。なんとしてでも『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しい、って。どこの国の陛下なのか判らなかったんですけど……ジョセフさんの娘さんのいる国の陛下なんですね」 「ああ、今もその国の陛下は生きとるしな。じゃが早いトコ行かんと、ちょっと危ないかもしらんなァー」 ジョースター一行がDIO討伐の為日本を離れたのは、1988年の末の事だった。時折見るTVニュースに天皇陛下の病状が出ていたが、果たして年も明けて数ヶ月経った今、まだ今の天皇は生きているのか、それとも皇太子が皇位を継いでいるのか。 「とりあえず、地球とハルケギニアの時間の流れ方はそんなにズレちゃおらんと考えていいようだな……シエスタ、このゴーグルも貰っていいか」 「あ、はい!」 受け取ったゴーグルを試しに着けてみる。 全体的に小柄な日本人サイズのゴーグルは、欧米人でも大柄な部類に入るジョセフの頭には少々小さかったものの、何とか問題なく装着することが出来た。 「似合うか?」 「はい、よく似合ってますよ」 「よし、それなら問題ナシッ」 それからジョセフはシエスタに案内され、村の周辺を歩き回った。 ブドウ畑やワイナリーを見て回った後、シエスタが「私の一番のお気に入りなんです」と、嬉しそうな足取りでジョセフを連れて行ったのは、村の側にある草原だった。 なだらかで平坦で、とても広大な草原だった。確かに飛行機を着陸させるには申し分のない場所だ。青々とした草の上をそよ風が渡れば、心地よい葉ずれの音を響かせて草が波打つ様は壮観と言っていい。シエスタの一番のお気に入りというのも、頷ける光景だった。 「のどかでいいトコじゃなー……」 「はい、私の自慢の故郷です。ブドウもワインもこの草原も……」 それからしばし、二人は無言で草原を見つめていた。 (……スージーQにホリィに承太郎、ポルナレフ……みんな、元気だろうか) 普段は望郷の念は億尾にも出さないジョセフだが、それでもこうして地球に残してきた家族のことを忘れることはない。 今すぐ帰れなくとも、せめて自分は元気にやっていると一言伝えられればもう少し安心は出来るのだろうが、それすら難しいのだろう。 シエスタの祖父は太平洋戦争の最中、何らかの原因でハルケギニアに来てしまい――それから三十年、この地で生きて、没した。 では自分は、あと何年ハルケギニアで生きていられるのだろうか。今年で69歳の自分は、果たしてあと何年、まともに動くことが出来るのだろう。 基本楽観主義なジョセフではあるが、現実を見ないこととはイコールではない。老いると言う事がどう言う事か、自分の身や周囲の人間を見ているから十分に理解している。出会った時はチビのスリだったスモーキーも、今では立派にジョージア市長やってるジジイだ。 「なあシエスタ。もし、わしが今よりもっとジイサンになって、使い魔がロクに出来んようになったら……この村に住むのも悪くないかもなあ」 普段のジョセフには似合わない類の言葉を聞いてしまったシエスタは、思わず目を丸くしたのだが。 「三十年後に備えて、どっか良さそうなトコに家を用意しとくのもいいかもしれんな」 ニヤリと笑って言った言葉に、シエスタはさっき丸くした目を、困ったように細めた。 「あと三十年現役でいるおつもりなら、もうしばらくは大丈夫ですよ」 * その日の夕方。 一行はシエスタの実家に泊まることになった。 上物のワインを樽単位で買っていく貴族達が泊まるというので、村長やワイナリーの主人までもが挨拶に来たりする騒ぎであった。 シエスタを頭に八人の兄弟姉妹と両親が住む家はそれなりに広く、板敷きの床の上に布団を敷けばひとまずベッドに貴族全員を寝かせることは可能である。 固さはどうあれベッドで休めるのは有難い。それぞれ宛がわれた部屋で腰を落ち着けていると、夕食の準備が整うにはまだ少し早い頃合、ルイズとジョセフがいる部屋のドアがノックされた。 ルイズはベッドに寝転んだまま、横に寝転がっているジョセフの背を指でつついて、無言で(誰か来たわよ)と横着を決め込む。 「どちらさんかな?」 ジョセフも主人に倣って横着して、ベッドから起き上がらずに首だけドアに向ける。 「すまないが、二人とも話したいことがあるんだ。少し来てもらいたいんだが」 ドアの向こうからコルベールの声が聞こえてきた。 『竜の羽衣』を前にしていた時のはしゃぎっぷりとは異なる静かな口調の言葉に、ジョセフとルイズは枕元に置いていた帽子を被りつつ、ベッドから起き上がる。 「判りました、ミスタ・コルベール」 ベッドから降りたルイズとジョセフは扉を開け、コルベールに導かれるまま家を後にする。 三人は特に口を開かないまま、村の道を歩いていく。普段と違うコルベールの様子からして、あまり人気のある場所でしたくない類の話があるということは察していた。 やがてコルベールの足が止まったのは、昼間にジョセフがシエスタと来た草原に着いた頃だった。西の稜線に差し掛かった夕日に照らし出された草原は、濃い蜜柑色で彩られて昼間とは異なる雰囲気を醸し出す。 この美しさに感嘆の声を上げたのはルイズだけで、ルイズを挟む形で立つコルベールとジョセフは草原を見つめたまま無言を貫いていた。 「……で、センセ。話ってのはなんですかな?」 夕日の色が僅かに変わった頃、ジョセフがコルベールを見やる。 言葉を促されても、まだコルベールは躊躇うように視線を草原に向けていたが、やがて意を決すると二人に向き直った。 「――何故私が『竜の羽衣』の伝説に行き当たったか。まずそこから話させてもらいたいが……いいかね?」 「晩飯に間に合わせてくれれば文句はありませんわい」 「……そうか。では出来る限り、努力するとしよう」 一つ息を吐くと、コルベールはゆっくりと話し始めた。 「私は、ミスタ・ジョースターの言う異世界に関係のありそうな書物を探した。その中にあったのが、『竜の羽衣』の伝説だ。その真偽を確かめようと、このタルブ村にやってきて今に至る……ここまではいいね?」 訝しげな視線で自分を見ている二人が特に言葉を挟まないのを確認すると、コルベールは言葉を続ける。 「『竜の羽衣』はタルブ村に降り立ったのとは別にもう一つあった。そしてそのもう一つは空を飛んだまま、日蝕の作り出した輪の中に飛び去ったと記されていた」 「なんじゃと!? もしかして、そのもう一つの『竜の羽衣』は……」 「ああ。異世界から何らかの要因によってこちらに二つの『竜の羽衣』がやってきたが、片方は通ってきた道を戻って帰る事が出来たのだろう。だがもう一つ、こちらに降りてしまったのがタルブ村の『竜の羽衣』という事だな。 私も直接この目で見て、ミスタ・ジョースターの話を聞くまでは信じ切れていなかったが、どうやらそう考えることに疑いはないと見ていい」 まだ話の全容が理解できていなかったルイズだが、ここまで来ればコルベールが何を言いたいのかを察することは出来る。鳶色の両眼を大きく開けて、教師を見上げた。 「――もしかして、ミスタ・コルベール! 『竜の羽衣』があれば……ジョセフは、元の世界に帰る事が出来るんですか!?」 驚きの声を上げるルイズの視線から逃げるように、コルベールは顔を背けた。 「……ああ。私の仮説が正しければ……きっと日蝕が異世界とこちらの世界を繋ぐ扉の役割を果たしているのだろう。『竜の羽衣』がもう一度空を飛べれば、あるいは……」 唐突にコルベールが言葉を途切れさせた。 これから先、言わなければならない言葉を発するのは躊躇われた。 だが言わなければならない。 二人に言わず、何も知らない振りをしてやり過ごせばいいのかもしれない。そうするのが一番ベストだとは判っている。だが、それでも。 見つけてしまった真実を告げなければ、この二人に与えられた選択肢を一人で握り潰すことになってしまう。 知らず乾いていた喉を濡らすべく唾を飲み込むと、改めて二人を見つめた。 「……だが、幾つか重大な問題がある。ミス・ヴァリエール――使い魔の原則は知っているだろう?」 不意に告げられた言葉の意味を理解してしまったルイズは、言うべき言葉を見失った。 呆然と立つルイズに悲しげな目を向けながらも、教師は意を決して真実を続けた。 「一人のメイジが召喚できる使い魔は一体だけ。その契約が破棄されるのは、メイジか使い魔のどちらかが死に至った時のみ。これに一切の例外はない」 「ちょ、ちょっと待ってくれッ! それじゃあッ……」 ジョセフも、コルベールが何を言わんとしているか理解できた。 コルベールは何かを言おうとしたジョセフへ手を翳して制止すると、静かに言葉を紡ぐ。 「もしミスタ・ジョースターが元の世界に帰れば、ミス・ヴァリエールはミスタ・ジョースターが死ぬまで新たな使い魔を召喚することが出来ない。いや、もしかしたら召喚のゲートが開くかもしれない。 しかしその場合でも、ゲートが開かれるのはミスタ・ジョースターの前だろう。 そして、私が君達に言わなければならない事がもう一つ、ある」 突如残酷な選択肢を突き付けられた二人にとどめを差すような心持ちで、コルベールは静かに言葉を発した。 「私が先程計算したところ……次の日蝕は五日後の正午。その次の日蝕は……十年後、なんだ」 To Be Contined → 戻る
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シエスタは、一週間前から幸せに包まれていた。 一週間前。 水場で洗濯をしている時に、挙動不審な少年を見つけたのが、事の始まりであった。 平賀才人と名乗った、その少年は最初、 ここ何処だよ! どうして月が二つあるんだよ!? つうか、メイド!? えっ? ヘヴン? とか、訳の分からない事を叫んでいたが、どうにか落ち着かせて話を聞いてみると、日本と言う場所から、ここに迷い込んできたらしい事が分かった。 恐らく、才人が他のメイドや魔法学校の職員に見つかっていたなら、彼にはまた違う未来が待っていたのだろうが、運が良かったのか、悪かったのか、才人が最初に遭遇したシエスタは、日本、と言う言葉に聞き覚えがあった。 シエスタの曽祖父が、口癖のように言っていた言葉が日本と言うらしい。 曽祖父の言葉を聞いていた祖父が、自分の息子、つまり、シエスタの父親に話し、父親がさらにそれをシエスタに話していたのだ。 少年に興味を持ったシエスタは、知り合いの中で一番偉い料理長のマルトーに、事の次第を話し、ここで雇ってくれるように頼み、才人がここで働けるように取り計らった。 その時に、気を利かした同室のメイドが別の部屋に移り、何故か才人と同室になってしまったのはご愛嬌である。 基本的に、二人とも、雑用の仕事で忙しい為に、夜に日本と言う場所についてと、才人曰く、別世界である、この世界について会話するのが、この一週間で新しく出来たシエスタの日課である。 そして……才人が二段ベッドの、上の方のベッドで眠っている中、もう一つ追加された日課をシエスタは行っている。 「うふ……うふふ……才人さんの手、とっても綺麗ですねぇ」 眠っていて気が付かない才人の手に頬擦りをして愛でるのが、シエスタの追加された日課だ。 この世に生まれてから見た中で、才人の手はシエスタの中で一番、綺麗で、肌触りが良かった。 昔からこうなのだ。 シエスタは、綺麗な手を見ると、つい触ったり、頬擦りしたくなってしまう。 無論、そんなことを我慢しないでやっていれば、今頃、両親はシエスタの事を水のメイジの元に連れていっただろう。 幼い頃のシエスタも、その事をおぼろげに理解しており、これまでずっと、その手に関する感情をシエスタは隠し続けていた。 だが、才人の手は、そんな我慢を丸ごと無意味であったと言うように、シエスタの手に対する感情のタガを完璧に壊してしまったのだ。 曽祖父の言っていた、日本と言う場所からやってきた少年。 それだけでも、シエスタにとっては特別な存在であるのに、手も完璧とくれば、シエスタでなくとも特別な感情を抱くのは吝かではない。 その浮ついた心が悪かったのだろうか。 ちょっとした、本当に些細なミスを彼女はしてしまった。 アルヴィーズの食堂で、食後のデザートを配っている最中に貴族が床に落としたビンに気が付かなかったのだ。 その貴族は、そのビンが元で、二人の女性からビンタを喰らい、両の頬を真っ赤に染め上げ、シエスタに食って掛かってきた。何故、ビンを拾わなかったのかと。 言い掛かりそのものの怒りを受け、シエスタはすっかり恐怖で萎縮してしまう。 確かに、ビンを気付かず拾わなかったのはシエスタの非だ。 しかし、拾った所でこの結末は結局変わらなかったじゃないかと、傍で見ていた生徒の内の何人かの賢い者達は思っていたが、所詮平民の娘が一人、怒鳴られているだけ。誰一人それを助けようとせず、逆にせせら笑っていた。 誰もがシエスタの味方をしない中で、ただ一人、同じくデザートを配っていた少年がシエスタを責め立てていた貴族に反論し始めした。 平賀才人。 あの素晴らしい手を持った少年である。 「イヤャァァァァァァァァァッ!!」 幸せが根本から崩れる音がする。その音を聞きたくなくて、シエスタは悲鳴を上げた。 彼女の視線の先には、吹き飛ばされる少年の身体。 その少年を吹き飛ばした青銅のゴーレムは、追撃はせずに主であるメイジの指示を待っている。 「強情だな、平民。這い蹲って、一言謝れば許してやると言うのに」 青銅のゴーレムを操るメイジ―――ギーシュ・ド・グラモンが、才人に呆れたように降伏を提案するが、 才人は立ち上がり――― 「絶対、嫌だ」 ファイティングポーズを取り、決闘の続行を態度で示す才人に、ギーシュはやれやれと首を振り、杖を振るう。 その動きと同時に青銅のゴーレム―――ワルキューレは動き出し、才人の顔や腹を手加減無しに殴り続ける。 ―――まるで、サンドバックだな。 シェイクされ続け、まともに機能しない脳でそう考え才人は苦笑した。 無論、殴られている顔の筋肉は、才人の意思通りに動かず苦笑を形作る事さえ出来ないが、もはやそんなことは関係無かった。 「俺、死ぬのかなぁ……」 暢気に呟いたその言葉は、口から出る事さえしない。 痛くて苦しい 辛くて泣きたい 自分がどうしてこんな風に殴られているのか、忘れそうになる。 なんというか、才人には予感があった。 こうなるのでは無いか。 見るも無残なまでに殴られ、顔は腫れあがり、喉は口から流れた血がこびりついて、動きさえしない。 そんな光景が一瞬、頭を過ぎったが、結局、自分は“此処”にこうしている。 思えば……あの予感がした瞬間に、自分は、こうなる『覚悟』をしていたのでは無いだろ―――――― 「グガッ!!」 骨にも、筋肉にも見捨てられた鳩尾に減り込むワルキューレの拳。 ―――効いた。 今のは正直、もう痛みになれたと思ってた身体に、思い上がるなと警告する痛み。 (激痛に、さらに二乗したような感覚だな) その痛みの所為か、鈍っていた思考がクリアになっていく。 おかげで、今、自分の頭に向かってくるワルキューレの蹴りがはっきりと見えた。 ―――まぁ、見えたからって避けられないんだけどな ゴンッ、と鈍い音が広場に響くのと同時に才人の身体は、宙を舞い……桃色の髪をした少女の足元へと辿り着いた。 他のメイジ達の笑い声が、ルイズには遥か遠くのように聴こえていた。 自分の足元に居る少年。 彼は先程まで、貴族に凛とした表情で挑み続け、今、ボロクズのように倒れ伏している。 ―――何なのよ……これは。 その倒れている少年を見ていると、ルイズは自分でも良く分からない感情が、自分の中に生まれている事を感じ取っていた。 それは憐憫か? それとももっと別の感情か? 判断は出来なかったが、これだけは理解できる。 認めたくない事だが、どうやらこいつは、平民の癖にプライドが、敵に媚びないだけの『覚悟』があるらしい。 前々からルイズは思っていた。 ルイズにとっての理想の貴族とは、姉であるカトレアである。 しかし、その姿勢と言うか物事に対する取り組みは長女のエレオノールを手本としている。 エレオノールは何時も凛とし、他者を寄せ付けない雰囲気を出していたが、それは反面、誰にも媚びない、真に誇り高い者が纏うオーラであった。 このようになりたい。 誰にも頭を下げず、誰からも認められる、長女のような貴族に…… そう、胸に秘めてルイズは生きてきた。 だが、現実は甘くは無い。 どうしてもプライドと折り合いを付けなければならない事態はあったし、誰かに頭を下げる事なんて、かなりあった。 故に、自分は今だ理想を体現出来ていない。 だと言うのに……平民でありながら、その理想を体現している者が、今、こうして目の前に現れているのだ。 怒りはあった。 平民なんかが、と言う思いも確かにあった。 けれど、それ以上に、ルイズはこいつに負けて欲しくは無いとも思っていた。 平民が貴族に勝てるはずなど無いのに、何故だか、そう思っていたのだ。 「ソレガ、今ノ君ノ望ミカ、ルイズ……」 主が望めば……その者は、スタンドは動く。 それが例え、実現不可能に近い事であろうと…… 「正直……コノ少年ヲ勝タセルノハ難シイ。ダガ、不可能デハ無イ」 淡々と語る使い魔の言葉に、ルイズは驚愕の表情をホワイトスネイクへと向ける。 「うそ……こいつ、こんなボロボロなのよ? 一体、どうやって勝たせるのよ?」 「ソウダナ……コレガ、勝利ノ鍵ダ」 そう言ってクルクルと左手で回転させているDISCと何処から盗んできたのか、 果物を切る為のナイフを右手に持つホワイトスネイクに、ルイズは、何か言い知れぬ違和感を感じていた。 何か足りない……? 今朝と、今のホワイトスネイクを比べると、何かが足りないようにルイズは思えたが、ホワイトスネイクが視線で訴えてきた。 一瞬で良い、隙を作ってくれと。 隙なんて、どうやって作れば良いのよ、とルイズは心の中で毒づいたが、一つ、名案が浮かぶ。 自分の欲求と彼の勝利。 二つを併せた完璧な案に、ルイズは心の中で笑った。 そうして―――――― 「その決闘、待った!!」 大声で決闘の停止を呼びかけた。 「その決闘、待った!!」 そんな声が、辛うじて残っていた右耳の鼓膜を刺激する。 刺激の元凶を探し、僅かに動く首を回すと、意外にもその刺激の持ち主は近くに居た。 桃色の髪をした少女……その勝気な瞳が、自分と戦っていた相手に向けられている事を 才人が気付いた時、才人は動かない唇を動かしていた。 「な……に……を……ごほっ」 していると続けたかったが、途中で傷付けられた胃から胃液が逆流し、口内の血と交わり朱染めの体液を吐瀉する。 その様子に、ルイズは少しだけ眉を顰めて 「あんた黙ってなさい!」 大声で、そう叫んだ。 なんというか、今の少女の声には有無を言わさない迫力があり、才人は吐いたままの姿勢で立ち尽くす。 座って休まないのは、今、座ったら、もう立ち上がれないからだ。 「なんだね、ルイズ。今は神聖な決闘の最中なんだ。 ご婦人は、大人しく下がっていてくれるかい?」 「残念だけど、そうも行かなくてね。 ギーシュ、私と賭けをしない?」 「賭け?」 生真面目なルイズの口から、そんな言葉が出た意外さにギーシュは不思議そうな顔をしたが、 ふむ、とだけ呟き、首を動かして先を促してきた。 どうやら、このまま抵抗も出来ない平民をボコボコにしても詰まらないと感じたのだろう。 ルイズは、相手が興味を覚えた事に対して、心の中でガッツポーズを取りながら、言葉を続ける。 「賭けの内容は……この平民が貴方に勝つか、どうかよ」 ルイズが宣言した内容に、周辺のギャラリーがざわつく。 所々で、正気か? ついに頭まで『ゼロ』に、とか色々と言葉が飛び交っているが、それを無視してルイズは言葉を続ける。 「そして、賭けるモノは、相手に一つだけ何でも要求をすることが出来る権利よ!!」 堂々と告げるルイズに、ギーシュは何を言ってるんだ、こいつは、と言う視線を送るが ルイズはそんな事関係ないとばかりに口を動かし続け、全員の注目を自分へと引きつける。 (さぁ……これで良いんでしょう、ホワイトスネイク。 ここまでお膳立てをしてやったんだから、必ずその平民を勝たせなさいよ!!) (無論ダ) 誰にも諭されないようにホワイトスネイクは音も無く、才人の後ろへと近づく。 ただの学生である才人には気配なんて感じることも出来ず、ホワイトスネイクの接近を許してしまう。 そうして ―――ズブリ、と頭部にホワイトスネイクの右手が突き刺さった。 (始メマシテガ、コノ場合ノ正シイ挨拶ダナ) (なっ、誰だてめぇ! ……あれ? 俺、声……出てる?) (ココハ、オマエノ精神ノ中……私ハ、直接オマエノ頭ニ語リカケテイル) (どーりで頭に響く訳だ。つーか、何の用だよ。今、忙しいだけど、決闘とか決闘とか決闘とかで) (問題ハソレダ……オマエハコノママデハ、負ケテシマウ所カ、死ンデシマウ。 オマエモ、幾ラ何デモ死ニタクハ無イダロウ) (そりゃあ……死にたくないに決まってるよ……だけど、あいつは、あいつだけはぶん殴らねぇと気が済まないんだよ) 才人は、知らず知らずのうちに歯噛みしていた。無論、顎など疾の昔に砕けているので、出来るはずなど無いのだが、この感覚だけの世界では、不思議と顎に力を入れることが出来ていた。 (……オマエハ、私ノ知ッテイル人物ニ良ク似テイル。 ソイツモ、オマエノヨウニ何度死ヌヨウナ目ニ遭ッタトシテモ諦メナカッタ。 私ハ思ウ。オマエニハ、奴ノヨウナ『黄金ノ精神』ガ宿ッテイル) (なんだそれ? 焼肉のタレの親戚か?) (イヅレ、オマエニモ分カル時ガヤッテクル。 イイヤ、モウ分カッテイルハズダ。 デナケレバ、コノヨウナ勝チ目ノ無イ戦イヲスルハズガ無イノダカラナ……) 段々と頭の中に響いていた声が遠くなっていく。 それと同時に、頭部に何かが入ってくる感触がする。 何かが自分の身体に馴染む感覚。 それが何なのか才人には分からなかったが、その感覚が、才人の意識を外界へと向けていき…… (最後ノサービスダ……オマエノ『痛覚』ヲDISCニシテ抜イテオイタ。 オ膳立テハ、ココマデダ。存分ニ、ソノ力ヲ、私ニ見セテクレ) 「さぁ、どうするの!? 賭けにノるのノらないの!?」 「良いだろう、その賭けにノらせて貰おう……これで良いかい、ルイズ? さぁ、早くそこを退いてくれ。その、平民にトドメを刺せないからな」 余裕の表情で、そう告げるギーシュ。 ルイズは、その言葉に満足げに頷きながらライン越しにホワイトスネイクへと話しかける (そっちはどう? 準備万端?) (何モ問題ハ無イ。ムシロ、君ハ奴ヲ殺サレル方ヲ心配シタ方ガ良イ) (ふぅん、予想以上になんとか出来たって訳……一体どんな記憶DISCを使ったのよ?) (誤解ガアルヨウダガ、今回、私ハ記憶DISCヲ使ッテイナイ) (はぁ? じゃぁ一体どうしたって――――――) 「行け、ワルキューレ! そいつの頭をかち割ってやるんだ!!」 本当なら、ギーシュは平民が謝ったら、すぐにでも決闘を止めるつもりでいた。 だが、中々謝らない強情な平民と、賭けを提唱してきたルイズによって、その考えは捨てるしかなくなっていた。 仕方なく、ギーシュはこの平民を殺す事にした。 別に平民を殺した所で、貴族には罪にならない。 彼ら貴族にとって、平民と言う肩書きがあるだけで人間では無いのだ。 だから、罪悪感など微塵も感じない。 まるで、ランプに集る小煩い羽虫を潰すような気軽さで、 ギーシュは―――真っ二つにされる、ワルキューレを見た――― 「「へっ?」」 間抜けな声をあげたのは、ギーシュとルイズの両名。 二人とも、目の前の現実が突飛過ぎて脳の処理限界を超えてしまったのだ。 誰が信じられる。 先程まで良いように殴られ続けていた平民が、たかだか果物ナイフでワルキューレの青銅の胴を切り裂いたなどと。 「――――――ッ!」 声など出ない。出してる暇も無いし、出す気も無い。 ただ、痛みも身体の限界も、力学も、空気抵抗も忘れて、才人は走り出した。 自らが標的と定めた敵へと向かって 「わ、わるキュー!!」 慌てて残りのワルキューレを出そうとするが、時すでに遅し、 物理法則を無視したかのような才人の速さは、一息の踏み込みでギーシュの懐へと入り込んでいた。 そして、喉に当てられる刃。 まるで、獲物に喰らいつく猛獣の歯のようにギラつくその刃にギーシュはすっかりビビってしまった。 「コ……降参する! 降参するから、命だけは助けてくれ!!」 だが、首からナイフの刃が外される事は無い。 「頼む……なぁ、頼むよ。謝るから、許してくれ……お願いだ」 ギーシュの懇願が効いたのか、それとも肉体的にすでに限界だったのか、 果物ナイフをギーシュの首元から外し、てくてくと才人は歩き出す。 そして 「あっ……」 殴られ続けた才人を見て、呆然としていたシエスタに笑いかけた。 その微笑みは、顔の筋肉が殴られた影響で腫れあがり、 まともに働かなかった為に随分と歪なものであったが、確かに笑っていた。 「――――――」 その笑顔のまま、口を僅かに動かし、才人の身体は、今度こそ地面に倒れ伏した。 「才人……さん……」 倒れた才人を見て、ペタンと座り込んでしまうシエスタ。 今までの出来事に対し、脳の処理能力が追いつかないのだ。 回りの貴族達も同様であった。 ただ、驚きの表情でこの決闘の一部始終を見つめているだけ。 そんな中で、ルイズとホワイトスネイクだけが正気に戻っていた。 と言うか、ホワイトスネイクは最初からの、この結末になることを知っていたし、ルイズはホワイトスネイクに声を掛けられて、やっと正気を取り戻したのだ。 平民が……貴族に本当に勝った…… ホワイトスネイクがどうにかして勝たせると言っていたが、まさか、こんなに圧倒的とは思っていなかったのだ。 ともあれ、なんとか再起動を果たしたルイズは、悠然とした動作を心がけてギーシュへと近づく。 その顔は、先程の才人が表現したかった満面の笑みで彩られている。 「さぁ、ギーシュ。賭けの清算をしましょう?」 なるべく穏やかに、なるべく優雅に、ルイズはギーシュへと話掛けるが、ギーシュは一度、身体をビクンと一度振るわせた後、ガタガタと肩を揺らし始めた。 最初、ルイズは首にナイフを突きつけられた恐怖に震えていると思っていた。 しかし、事実はまったくの逆。 ギーシュは、限りなく憤っていたのだ。 「ルイズ……この賭けは無効だ……」 腹の底から響かせるように、ギーシュは厳かにそう告げる。 この返答にルイズは、眉を顰めた。 何を言ってるんだ、こいつは。 平民に負けたら、強制的にギーシュの負けである。 なのに、無効とは…… 「何、ふざけたこと言ってるのよ!! 約束を守りなさいよ! あんたそれでも貴族なの!!」 「あぁ、貴族さ! 誇り高きグラモンの末弟にして、土のメイジだ! だから、だからこそ、本気を出せば、あんな平民如きに負ける訳が無い!!」 そう言って、ギーシュは杖を振るい、薔薇の花弁からワルキューレを六体作り上げた。 「あの時、僕のワルキューレは一体だった。 しかし、本来なら僕は七体のワルキューレを扱う事が出来るメイジだ! 故に、あの勝負は全力で挑んでいなかったとして無効だ!!」 速効で勝負を終わらしてしまった事が裏目として出てしまった。 ギーシュに、貴族に対して、平民に負けたと言うのは耐え難い恥である。 もしも、ギーシュが七体全てを出し切って負けていたのなら、こんな事にはならなかっただろう。 しかし、今の彼には逃げ道が、全力を出していなかったと言う“言い訳”が存在してしまっていた。 「憐れね……現実が信じられないからって、そんな逃げ道に走るなんて…… それでも、誇り高き貴族なの?」 本気でルイズはギーシュに対して憐れみを感じていた。 そう……次のギーシュの言葉を聞くまでは…… 「お前に貴族云々を言われる筋合いは無い!! 魔法も使えない癖に、ただ威張り散らすだけの『ゼロ』が!! ハッ、そうか……君、あの平民とグルだったんだろう? それで、魔法を使えない者同士、知恵を振り絞って僕を倒そうとしたんだろ? そうなんだろ? ハハッ、何が憐れだ。君の方がよっぽど憐れだよ。 さっきから貴族、貴族と……魔法も使えぬ奴が貴族を語るな!!」 普段のギーシュならば、こんな言葉を吐かなかっただろう。 だが、平民に自分のゴーレムを壊された事、そして、その現場を他の学生達に…… 特にモンモラシーに見られた事が、彼から余裕と―――危機感を奪っていた。 故に彼は気が付かなかった。 ルイズの握られた拳から、血が流れていた事を…… 誰かが、その、あまりにも強く、手を握り締めた為に爪が食い込み出血しているその拳を見れば、この後の事態を避けられたかもしれなかった…… しかし、運命は無情である。結局、誰一人、その事実に気が付かず、ルイズは一歩、確りと足を踏み出してしまった。 「ねぇ……ギーシュ……決闘しましょう…… 貴方は魔法を使っても良い。勿論、使い魔も良いわよ 私も使い魔を使わせて貰うから、そのぐらい許可するわ」 何の感情も込められていない言葉。 あまりにも怒りに、頂点を一巡して、無感情にまで辿り着いた怒りに、ルイズは静かに向き合っていた。 その様子に気が付いた者が、ギャラリーにちらほらと見受けられてきたが、ギーシュはそんなことに気が付かず 「良いだろう……だが、君は魔法を使えないから実質、君の使い魔のみが、 メイジである僕と戦うんだ。僕のヴェルダンディは出すまでも無いよ」 「そんなこと言わないで……だって、貴方、今度負けたら使い魔が居なかったら負けた…… とか言い出すに決まってるわ。なら、最初から使い魔が居た方が手間が省けるもの」 「何の手間だい? 君が僕に負けて地面に這い蹲って、泣いて部屋に帰る時の手間かい?」 その時は、勿論ヴェルダンディで部屋に送ってやるさ、と呟くギーシュにルイズはもう一歩近づく。 そして、本当に透明な声で…… 「いいえ……貴方の墓穴を掘る手間よ」 ゆっくりと告げた。 瞬間、ルイズの隣に立っていたホワイトスネイクの身体が弾けた。 否、“弾けたような速さ”でギーシュへと肉薄した。 スタンドとは本体の精神エネルギー。 例えば、一人の人間が100メートルを七秒で走れたとしよう。 それが、どれだけ感情を燃やした所で、その人間の限界。 そして、それが世界の法則。 肉体と言う世界に縛られた檻では、感情を幾ら燃やした所で、どうしても限界を超える事が出来ない。 だが、スタンドは精神エネルギーの結晶体。 肉体を持たず、世界との繋がりが緩いスタンドは、世界と言う檻に囚われず、時折、そのスタンドに予め決められていた性能の限界を超えてしまう。 無論、限界とは、それ以上、先へ進めないから限界である。 その為に、スタンドが成長して限界を超える際は、基本的に新たな能力の使い方に目覚める。 すでにして性能が限界に達していたスタープラチナが、限りなく『0』に近い静止した時間を動けるようになったように…… エコーズが、その姿を変えて、能力を変化させたように…… オアシスが、それ以上強くなれない肉体の為に、周囲を脆くする能力を身に付けたように…… だが、ホワイトスネイクは、新たな能力には目覚めなかった。 この世界では無い、世界。 スタンド使いが居た世界で、新たな能力に目覚めず、スタンドの基本性能を一時的に飛躍させ、誇張でも何でもなく『限界』を超えたスタンドが一体だけ居る。 シルバーチャリオッツ。 仲間を殺された怒りが、超えられるはずの無い限界を超えたように、 ルイズのホワイトスネイクもまた超えられぬはずのない限界を超えていた。 有り得ぬはずのスピード。 有り得ぬはずの精密動作 有り得ぬはずのパワー ルイズとギーシュの距離は10メートルは離れていた。 しかし、ホワイトスネイクはその距離を一瞬にして『ゼロ』にして、同時に六体のワルキューレを粉々に粉砕していた。 「ほら……これで貴方を守る存在はいなくなった…… ねぇ、本当に使い魔を呼ばなくて良いの? このままじゃあ貴方……」 ルイズの淡々とした言葉は、ギーシュの耳には届いていない。 何が起こったのか、さっきの平民所の話では無い。 ガチガチと歯がなる。 認められない。認められるはずが無いと。 「ヴェルダンデ!!」 自分の使い魔を呼ぶ。 ヴェルダンデは、主の望むままにルイズの足元に大穴を空け……動かなくなった。 「なっ……何を……」 「ん~、綺麗なDISCね。流石はジァイアントモール……主よりもよっぽど価値があるわ」 手に何か円形のものを持って、ルイズが呟く。 もう、訳が分からなかった。 この状況もそうだが、自分の近くに居たはずのルイズの使い魔が何時の間にか、ルイズの傍に控えている。 その様は、下される命令を待つ兵士のようであり……処刑の号令を待つ、死刑執行人であった。 「さてと……それじゃあ……奪わせて貰うわ……貴方の才能を……ね」 円形のモノを口に咥えたルイズが、つい、と指揮棒を振るように右手を振った瞬間に、ホワイトスネイクがギーシュの眼前へと現れ―――――― 「えっ……?」 訳が分からなかった。 全力で振りぬかれたはずの使い魔の右手は、自分の頭をぶち壊す訳でもなく、ただ通り過ぎてしまった。 これは……もしかしたらチャンスじゃないか…… ギーシュは、最後の最後で油断を見せたルイズを嘲笑った。 ルイズも、ルイズの使い魔も、すでにギーシュに背を向けていた。 その隙だらけの背中に、剣を創り飛ばそうと、ギーシュは呪文を唱えた。 が……それが形になることは無かった。 「な……なんで?」 「お探しのものは、これかしら?」 ルイズがギーシュへと振り向く。 その頭には、二枚になった円形のモノの一枚が、頭に突き刺さっていた。 「それは……」 「……貴方、自分から出たモノなのに分からないの? これは、貴方の魔法の才能……土のドットクラスなんてカスだけど、 まぁ、ありがたく使わせ貰うわ」 そう言って、ルイズはこれまで一度も触れなかった杖に触れ、大きく杖を振り上げた。 それに伴い、粉々になったはずのワルキューレ達が、次々に形を取り戻していく。 「中々、便利じゃない……」 感心したように呟くルイズに、ギーシュは、もう自分は、この化け物に勝つことが出来ない事を悟った。 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては…… 「あぁ、そうそう―――あんたには出て行ってもらうわ」 気付かれた……この世で最も恐るべき存在に気付かれた。 ギーシュは気絶したかったが、襲い掛かる恐怖の波でそれすらも出来なかった。 ただ、震えてルイズの言葉を待つしかできない。 「出て…………行くって…………何処……に?」 「決まってるじゃない」 ルイズは、無感動に無感情に無慈悲に無意義に無意気に 「――――――あの世よ」 お前はこの世に価値が無い。 まるで、無為な者を見るような目で自分を見つめるルイズの視線に、ギーシュが目を逸らそうとした瞬間、目の前が塞がれた。 何かが、頭の中に入ってくる…… そんな感覚がしたかと思うと、ギーシュは自分の首を自分で絞めていた。 「ぐぇぇぇぇっ!!」 苦しそうに呻くが、自分の手だと言うのに、思うとおりに動かない。 「ギーシュッ!!」 ギャラリーの中で、心配で部屋に戻った振りをしてギーシュを見に来ていたモンモラシーがギーシュに近寄り、首に回っている手を外そうとするが……外れない。 「ギーシュ!! ……ギーシュ!! ルイズ、お願い!! 彼を助けてあげて!!!」 何をしたか分からないが、ルイズがギーシュに何かをしてこうなった事は分かっていたので、ルイズに助けを求めるが、 彼女はワルキューレに倒れ伏した平民を担がせて運ぼうとしていた。 呆然としていたメイドもついでに抱えている。 「お願い!! お願いよ、ルイズ!!!」 モンモラシーの嘆願に、ルイズは振り返りさえせず、ヴェストリの広場を立ち去ってしまった。 そうこうしている内に、ギーシュの顔色が青から土色へと変色していく。 もう余裕が無いのは明白だった。 「ギーシュ!! お願い、手を離して、ギーシュ!!!」 モンモラシーが泣き腫らした目と、枯れた声で叫んだ瞬間、彼女の耳に魔法の詠唱が届いた。 「エア・ハンマー」 風の槌がギーシュの頭を酷く叩く。 それによって、ギーシュは気絶し、手に込められていた力もあっさりと抜けた。 「タバサ!!」 普段寡黙でこんなイベントには来ないであろう彼女が来た事に対する疑問はあったが、モンモラシーは素直にタバサがここに居る事を喜んだ。 「ありがとう! 本当に……本当にありがとう……」 泣きじゃくるモンモラシーを余所に、タバサは天国に片足を突っ込んだギーシュへと近づく。 ギーシュの足元、そこに光る何かを見つけたからだ。 円形の形をした何か。 鍋敷きのようであるが、これが、ギーシュに自分の首を絞めさせた原因だろう。 タバサが、それを懐にしまうと、タバサの後を着いてきたキュルケが、ふらふらと広場に到着する。 ギャラリーが騒然となっている中、この騒ぎを起こしたのがルイズだと知ると、キュルケは自責の念で潰れそうになった。 ―――自分が……自分が引き金を引いた所為でこんな事に…… もう遅すぎる後悔が、彼女を絶え間なく責めていた。 第二話 戻る 第3.5話
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【ワンポイントギーシュ】 砕けない使い魔(仗助)登場。レビテーションでC・Dを封じるなどギーシュには珍しく頭脳派。でも結構ゲス野郎。 露伴未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 絶頂の使い魔(ディアボロ)登場。杖を折られて殴られただけで被害は少ない。 使い魔は静かに暮したい(デッドマン吉良)登場。手を撃ち抜かれた後、足蹴にされた。その後も顔面を叩き壊されたり、怪我の絶えないギーシュ。 康一未登場。マスターがアンリエッタの為、出られてもチョイ役か? DIOが使い魔!?(DIO)登場。出るキャラみんなブラックの中、全身ハリネズミになって保険室送り。最近ようやっと復帰したらしい。 slave sleep~使い魔が来る(ブチャラティ)登場。ブチャラティに拷問されるが、モンモランシーの励ましもあって、脱・マンモーニ。妙に強い。ブチャラティに完全敗北するものの、ゲスにもならず目覚めた奴隷。……が、十四股をしていたことがばれ、制裁。 ジョセフ未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロの兄貴(プロシュート)登場。決闘中、ザ・グレイトフル・デッドによりミイラ同然にされた上、首の骨を折られて死亡。歴代ギーシュの中で一番不幸なギーシュ。 スターダストファミリアー(承太郎)登場。歴代ギーシュの中で一番優しく、紳士的なギーシュ。精神的成長を遂げるなど、ルイズ・承太郎に次ぐスタメン級の扱いを受ける。 見えない使い魔(ンドゥール)登場。二回殴られただけで、絶頂と並んで被害が少ない。 L・I・A(仗助)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 偉大なる使い魔(プロシュート)登場。肘打ちから踏みつけという兄貴の黄金説教コンボをくらう。同じ兄貴でもここまで扱いが違うのはすごい。 引力=LOVE?(徐倫)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロの番鳥(ペットショップ)登場。肉の芽を植え付けられ、ルイズの忠実な下僕となる。なんかいつもニコニコしている。 ゼロと奇妙な鉄の使い魔(リゾット)登場。リゾットからは何もされることなく、二股相手に平手打ちをくらっただけ。歴代ギーシュの中で最も被害が少ないギーシュ。 フー・ファイターズ 使い魔のことを呼ぶならそう呼べ(FF)登場。のっけから二股を解消しているので、決闘に発展するか疑問視されていた。だが結局勘違いから決闘を申し込んだ。 ハルケギニアのドイツ軍人(シュトロハイム)登場。そこらへんのダメ将軍なんかよりもすごい指揮官っぷりを見せる。時間切れより決着つかず。 アナスイ未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 法皇は使い魔(花京院)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 亜空の使い魔(ヴァニラ・アイス)登場。DIOと並んで最も地獄に近いギーシュとされていたが、何と杖を折られただけで済んでしまった。その後、一部でヌケサクのあだ名が定着する。 白銀と亀な使い魔(亀ナレフ)登場。珍しく真面目なポルナレフに説教された。最後は墜落して保健室行き。 使い魔は皇帝<エンペラー>(ホル・ホース)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ACTの使い魔(康一)登場。康一君を無駄に痛めつけるなど最低のゲス野郎。康一から怒りの鉄拳制裁をくらい、舎弟フラグと低身長フラグが立つ。 几帳面な使い魔(虹村形兆)登場。覚醒したバッドカンパニーにワルキューレを吹っ飛ばされて降参。実は全く被害を受けていない。(だが決闘前に平手打ち、ワインのビンで殴られる、右ストレートのコンボを食らっている) ファミリアー・ザ・ギャンブラー(ダニエル・J・ダービー)登場。ダービーの計略によりワルキューレすら出せずにコイーン。 星を見た使い魔(空条徐倫)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 奇妙なルイズ(スタープラチナ)登場。瞬殺。 ゼロのパーティ(サイト、花京院)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロと奇妙な隠者(ジョセフ)登場。他のギーシュ達とは逆に、ジョセフから決闘を申し込まれた。 ゼロの世界(リンゴォ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 使い魔波紋疾走(ジョナサン)登場。圧倒的な格の差を見せつけられ敗北。そんなジョナサンを見て成長するだろうか。 メロンの使い魔(花京院)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? マジシャンズ・ゼロ(アヴドゥル)登場。マジシャンズ・レッドに恐れをなしてしまい、ギー茶を作ってしまった。社会的にかなりの被害を受ける。 老兵は死なず(ジョセフ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 凶~運命の使い魔~登場。ローリングストーンズにつぶされた。 微熱のカウボーイ(マウンテン・ティム)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 割れないシャボンとめげないメイジ(シーザー)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 使い魔の魂~誇り高き一族~(シーザー)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロの予報図(ウェザー・リポート)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ポルポル・ザ・ファミリアー(ポルナレフ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロの使い魔への道(ドラゴンズ・ドリーム)登場。はからずも龍の夢が予知した通りの未来になる。食堂に居た人達全てを不幸にしてキュルケから鉄拳制裁を受けた。 エルメェス未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 愚者(ゼロ)の使い魔(イギー)登場。しかし、決闘の場面をキング・クリムゾンされてしまった。 女教皇と青銅の魔術師(ミドラー)待望のギーシュ主役作品。が、いきなり死亡フラグが立った。 サーヴァント・ブルース 繰り返す使い魔(アバッキオ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? サブ・ゼロの使い魔(ギアッチョ)登場。ギアッチョに殺されそうになるが、ルイズの嘆願で一命を取り留める。 逆に考える使い魔(ジョースター卿)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ゼロの変態(メローネ)登場。もはや理解不能。 ゼロの究極生命体(カーズ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? ディアボロの大冒険Ⅱ(ディアボロ)登場。俺TUEEEEEEEEE状態のディアボロに軽くあしらわれる。経験値要員としか見られていない。 アバッキオ未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 鏡の中の使い魔(イルーゾォ)名前のみ登場。鏡の中の世界に引きずり込まれてそこで死亡。 ナランチャ・アバ・ブチャ未登場。ストーリーが進めば登場するかも? はたらくあくま(デーボ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも。 start ball run(ジャイロ)登場。男の誇りを粉砕されるも、倍になって復活。そのあと男の世界に目覚めた模様。 サンドマン未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 爆炎の使い魔(キラークイーン)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 使い魔はゼロのメイジが好き(ストレイキャット)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 本気男(ホルマジオ)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 新世界の使い魔(プッチ神父)未登場。ストーリーが進めば登場するかも? 戻る
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いななきを上げる馬が二頭。 虚無の曜日の早朝、ルイズとジョセフは厩舎の前で馬に乗っていた。 「いやあ、ラクダに比べると馬に乗るのは随分と楽ですのう」 ジョセフは小さい頃に乗馬も仕込まれたので、けっこうスムーズに鞍に跨っていた。 ラクダ、という聞きなれない単語にルイズが軽く怪訝そうな顔をした。 「ラクダ? 何それ」 「砂漠の辺りに生息する……まあ砂漠で馬代わりに使う生き物ですじゃ。なかなか言う事を聞かんので往生しましたわい」 ルイズは少しの間、記憶の糸を辿り……かつて昔に呼んだことのある生物事典に載っていた名前を思い出した。 「乗ったことあるの? いつ?」 「ここに召喚されるちょっと前に仲間達と旅をしてた時にですな。まあ何と言うか……ずぅいぶんとマイペースな生き物でしてな。 色々苦労しましたわい」 はっはっは、と笑うジョセフを、ルイズはじっと見つめていた。 ルイズは、ジョセフを召喚してから今日に至るまで、彼に色んな事を聞かれていたことはあるが、自分から彼に話を聞いた経験がほとんどないことに気付いた。 (……まずいわ。もしかしなくても、ギーシュやキュルケの方が私よりジョセフのことをよく知ってたりするんだわ) 自分がジョセフについて知っている事を上げてみて……まずすぎるくらい何も知らないことが今更ながら思いやられる。 決闘までもろくすっぽ話してなかったし、決闘が終わってからは自分から口を利かないようにしていた。 そもそも「武器を買ってあげるわ!」と言ったのも、何を渡せばジョセフが喜ぶのかさえ知らないから、その場で出た出任せに近い申し出ではないか。 (……うろたえないッ! ヴァリエール公爵家三女はうろたえないッ! ここから城下町まで馬でも三時間、行って帰る間にジョセフから色々話を聞けば今からでも何とかなるわ! ……うふふ……この緻密で完璧な作戦、それでこそ私よ) スポンジのように穴だらけの緻密な完璧を抱くルイズに、ジョセフはのんびり声を掛けた。 「んじゃ行きますかいご主人様」 「え、ええ。行くわよジョセフ」 そして二人はゆったりした足取りで学院の門を潜る。 門を出てから三分後、ルイズはこれ以上ない自然さを心がけて横を歩くジョセフに声を掛けた。 「え、えーとジョセフ。なんかヒマだわ、せっかくだからあんたの話とか色々聞いてあげてもいいわ! ほら、私ご主人様だから使い魔のことは何でも知っておいてあげないとね!」 ものすごい一生懸命に話題を作ってきたルイズに、ジョセフは実に微笑ましげに彼女を見やった。彼女の懸命さに応じようと、彼女の不審な態度にはあえて触れようともしなかった。 「わしの話ですか? ううむ、どんな話をすればよいですかのう。赤い洗面器の話なぞいかがですかの。こいつぁ100%バカウケの話なんですが」 今クラスメート達の間では、「赤い洗面器」という単語が出ただけで大きな笑いが巻き起こるのをルイズはよく知っていた。すごい気になる。が。 (いやいやいやっ、そういう話を今聞いてる場合じゃないわっ! ジョセフのことを知っておかなきゃならないんだから!) 甘い知的探究心を全力で押さえつけようと、ぶんぶんと大きく首を振った。 「違う違う違う! そういう話は後でいいの! ジョセフが今までどういう風に生きてこんなヘンな平民になったのかを聞きたいの! あんた、ただの平民じゃないでしょ!? 私はイレギュラーな使い魔を持ってるんだから、その辺りちゃんと聞いとかないと!」 「ふうむ。わしの話ですか……なんのかの言って、68年生きてますからの。掻い摘んでもかなり長話になっちまうんですがいいんですかの?」 「とりあえず私に必要かなーとか思う所だけ掻い摘んでくれたらいいわ。どうせあんたか私が死ぬまで一緒にいることになるんだから、時間は有り余ってるでしょ?」 彼女の言葉に、ジョセフは思わず緩く天を仰いで口をへの字にしそうになったが、それを見咎められればまたルイズが目ざとく見つけるだろうと、頑張って表情を消した。 承太郎はDIOの死体をちゃんと処分しただろう。ただ、自分の死を孫の口から妻に伝えさせようとしたのは酷だとは思う。だが、あの鏡が現れた時点での最善手はどう考えてもあれしかなかったのだから。 「どうしたのよジョセフ。なんか気に食わないことでも?」 「あー、いやいや。ご主人様に話さなきゃならんことがかんなりありましてのう。どうダイジェストにするか考えてたところですじゃ」 息をするようにハッタリをかませるジョセフの言葉に、世間知らずのルイズはそれ以上疑うことをしなかった。 「ではまずわしの事を話す前に、家のことから話すとしましょうかの。わしの家はジョースター家と言いましてな……由緒正しい貴族の家じゃったんですじゃ。ただわしのいた世界では、貴族とはここのように魔法を使える者の事ではなく……」 それから語られたことは、ギーシュ達にも語られたことのない、ジョースター家と吸血鬼の確執、人類と柱の男との激闘の歴史だった。 ルイズは話の途中で「そんなホラ話が聞きたいんじゃない」と言おうとして、垣間見えた彼の横顔にその言葉を飲み込んだ。出来れば話したくないことだが、それでもなお話さなければならないと判断した、彼の苦悩を感じてしまったからだ。 ジョセフの言葉は、全て真実だ。そう感じて、ルイズはただジョセフの話を聞き続けた。 「……じゃがジョースターとDIOの因縁はまだ終わっていなかった。ついこの前のことじゃ。海の底から一つの棺が引き上げられた……」 いつの間にかジョセフの口調は敬語ではなくなり、ジョセフの普段のそれになっていたが、ルイズはそれを注意することすら忘れていた。 孫と自分に起こった不可思議な力、スタンドの発現。娘の命を救う為に、仇敵を倒しに行く二ヶ月足らずの旅。信頼を寄せ合った仲間達の死、仇敵DIOとの死闘。 最後、孫の手で蘇った直後の救急車の中、現れた召喚の鏡。 「……わしはなんとしても、DIOをあの鏡に触れさせてはいかんと感じた。そしてその直感は当たっておった。この世界に彼奴が来ていれば、何もかもが台無しになる。わしらの旅だけじゃあない。この美しい世界が、彼奴の手に落ちた。 わしはDIOに近付いてきた鏡の前に飛び出し、DIOの死体を全て蹴り飛ばし、鏡に飛び込んで……ご主人様の使い魔になった。あやつをこの世界にやらんかっただけでも、わしはこの世界に来た意味がある。――こんなところですかの」 朝日の中に町並みが見えてきた頃になって、ジョセフの話は終わりを告げた。 だがルイズは、知らず知らず手綱を強く握り詰めていることしかできなかった。 (何を言えばいいの……何を答えればいいの……? ジョセフは……ただの平民、なんかじゃなかった……。もう旅が終わって、帰れるのに……ジョセフは何があるのかも判らないのに、この世界に来たんだ! 私がもし、ジョセフなら……ジョセフのような事が出来た? ううん……出来ない……きっと足がすくんで、ただ見ているだけ……『突然のことでどうしようもなかった』って言って……それで、終わりにしてる……) 本当は途中で、「もういい!」と打ち切りたかった。図書室で出会った彼女の言葉とジョセフの告白が合わさって、痛過ぎるほど心を抉る。 彼女はジョセフをカットされたアメジストだと称し、ルイズを掘り出してもいない原石だと言った。 だがそれは、ジョセフをかなり過小評価した例えだと、痛感していた。 ジョセフはアメジストどころか、ルビーそのものだ。 認めたくないが、石ころにルビーをあしらった滑稽な姿を今更鏡で見せつけられた。今まで自分が美しいと自負してきたものは、ただの石ころだったのだ。何がメイジだ。何が貴族だ。 私がヴァリエールの生まれでなかったら……何も、何も。 胸の奥から溢れたものを必死に押さえ込もうとして、それが不毛な努力にしか過ぎないことを、ルイズは強く自覚していた。 ここ数日、何回も湧き上がってきた感情と似て非なるもの。ジョセフを妬んで悔しくて泣いたのではない。自らの小ささを本当に知った、不甲斐なさからの涙だった。 「……ジョセフ……ごめんなさい、ごめんなさい……」 抑えきれない感情の発露。片手で手綱は握りながらも、もう片手は拭いても拭いても零れ続ける涙を拭うしかできなかった。 「お、おいちょっと待たんかルイズ。なんじゃどうした、今の話で何も泣くポイントないじゃろ? ちょっと止まるぞ、そんなんで馬乗っとったら危ないわい」 ジョセフは柄にも無く狼狽しながら、急いで留めた馬を木に繋ぎ止めると、それでもなお泣き続けるルイズに腕を伸ばして抱き下ろす。 ごめんなさい、ごめんなさい、とただ繰り返して泣きじゃくるルイズは、まるで本当の子供のようで。 泣き止ませることを早いうちに諦めたジョセフは、少々悩んでから。ままよ、と自らの身を緩く屈めて、ルイズを自分の胸に抱きしめた。 何が悲しくて泣いているのか、何を謝られているのか、ジョセフには全く理解できない。 何で悲しくて泣いているのか、何で謝っているのか、ルイズにも全く理解できない。 だから少女が泣き止むまで。二人とも、何も出来なかった。 やがて慟哭が嗚咽に変わり、しゃくり上げる様な声に変わってきた頃、ルイズは、ジョセフに抱きしめられていた自分を改めて自覚し……今になって、ジョセフを突き飛ばすように離れた。 「……き、気にしないでっ……」 気にするなと言われても何を気にしなくていいのか見当も付かない。ジョセフは、小さくため息を漏らし。引っかかれる危険を押して、ルイズの頭に手を伸ばし、撫でた。 だがルイズはその手を振り解くこともせず、ただ撫でられるままになっていた。 「気にしてくれるなルイズ。わしは見ての通りジジイで平民で使い魔じゃ。他の誰にも言わんから、気にせんかったらいいんじゃよ」 「そうじゃないの! 私はあんたより下なのよ! 劣ってるのよ! 『ゼロ』なのよ!」 キッ、とジョセフを見上げて睨みつけるルイズ。 泣いた理由の片鱗が、少しだけ理解できた。ジョセフは小さくため息をついて、苦笑した。 「わしがルイズんくらいの年にゃ、ただ毎日ケンカしとるだけのクソガキじゃった。努力とか訓練とかが死ぬほど大嫌いで、とにかく気に入らんことがあったら誰彼構わず殴りかかっただけのクソガキじゃった。 それに比べたら、ルイズの方が……」 「おためごかし言わないでッ! 私は昔のあんたを召喚したんじゃないわ、今のあんたを召喚したのよ! あんたに比べて、私なんか……私なんか、情けなさ過ぎるのよッ!」 「おっと、それ以上言っちゃいかん。それ以上言うなら、シタ入れてキスしちまうぞ」 なおも言葉を続けようとしたルイズの唇に、ジョセフの指先が当てられた。 「いいかルイズ。わしもかつて、自分の才能だけで突き進んで、こっぴどくボロ負けしちまった。じゃがな、わしはそこで今までの愚かさを自覚し、大嫌いじゃった修行に専念した。それもせんとただウジウジしとるだけなら、わしは今頃ここにゃおらんわい」 やっとしゃくり上げるのを止めたルイズは、泣き腫らした目で、それでもまだ何か言いたげにジョセフを見上げて、彼の言葉を聞いていた。 「わしの修行をつけてくれた師匠も先輩も友人も、みぃんなわしよりずっと上にいた。今、ルイズが感じている悔しさは、きっとかつてのわしが感じた悔しさじゃ。世の中の人間は、貴族だろうが平民だろうが、必ず自分の弱さにぶち当たった。 今のお前は、正にぶち当たったところなんじゃ。大切なのはぶち当たってから、どうするかじゃよ。うじうじ悩んでるのもよし、弱い自分をどうにかしようとするのも足掻くのもいい。 じゃがルイズ、お前さんには忘れちゃあいかんものがあるんじゃ」 頭に置いていた手を、肩に置き。両手でルイズの肩を掴んだジョセフは、彼女の目の高さと同じ高さに自らの視線を合わせた。 「お前さんにはお前さんを心配してくれる友達だって、お前さんを心配しておる使い魔じゃっておるッ! いいか忘れちゃならんぞ、お前さんは一人じゃないッ! 一人で悩むんも時にはいいッ、じゃが一人で何もかもしようとするのはただの傲慢じゃ! 人を信じて頼るのは弱さじゃあないッ! 自分の弱さを直視せず、自分に出来ないことを出来ると嘘を吐く、その行為自体が真の弱さじゃ! 少なくともわしは、そう信じておるッッッ!!!」 ぐっ、と肩を強く掴んで、彼女に言い聞かせる。 潤んだ鳶色の瞳が、ジョセフの瞳を、真正面から見つめ返した。 「……私、『ゼロ』よ? ジョセフみたいに、すごくもなんともない……それでも、いい?」 「言ったじゃろ。今は『ゼロ』でも構わん。いずれ、強くなるんじゃ……『わしら』は」 「……離してっ、肩痛いわよ、ボケ犬っ」 ルイズはジョセフの手から離れると、背を向けて。ごしごしと目元を袖で拭って、背を向けたまま口を開いた。 「……聞いてて、とっても恥ずかしかったわっ」 「同感じゃな。わしも言ってて死ぬかと思ったわい」 主人の憎まれ口に、ちっとも死にそうじゃない口調で返すジョセフ。 「……どさくさに紛れて恥ずかしいコトばっかり言ってっ。そんなこと言ったからって三ヶ月の食事抜きは覆らないんだからねっ! 心配してくれても、エサあげないんだからっ!」 ピンクの髪の間から微かに覗くルイズの耳が真っ赤なのを、ジョセフは見た。 「そんだけ大口叩いたんだから、ちゃんと責任持って私が強くなるまでいなさいよっ! 思い切り頼ってこき使うわ、覚悟なさい! それから、それからっ……私が泣いた、なんて他の誰かに言いふらしたらっ……絶対に、ぜーったいに、許さないんだからね!? 絶対誰にも言わないでよっ!?」 振り返ったと同時に杖をジョセフの鼻先に吐き付けるルイズは、まだ顔は赤いままで。けれど、ジョセフを見上げる目は。今までとは、決定的に違っていた。 ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ――優しかった。 「墓場まで、持って行くことにしますわい。ご主人様?」 ジョセフの笑みは、今までと変わらず。どうしようもないくらい、優しかった。 「さっ、つい道草食べちゃったわ! 早く行かないと店が閉まっちゃうじゃないボケ犬!」 ピンクの髪を勢い良く風になびかせ。木に繋いでいた馬へ歩いていき……ジョセフはその後姿を、微笑ましげに見つめて、その後ろを歩いていった。 To Be Contined →
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舞踏会から一週間ほど経ったある日の朝。 今日はジョセフが珍しく授業前の教室に来たという事で、ルイズ達の周りには友人が集まってきていた。 「今日は雨が降るかもしれないわね。勉強嫌いのダーリンがどうしてここに?」 キュルケが一同を代表して全員の疑問を質問した。 「あー、今日は特に仕事もないんでのう。せっかくだからご主人様の授業参観でもしようかの、と」 要するに暇潰しという事である。 「全く、平民のクセに栄えあるトリステイン魔法学院の授業を暇潰しとか言うだなんてどういう神経してるのかしら。主人の躾が疑われるじゃない」 口ではそう言っても、悪い気分でないことはルイズを知る面々からはバレバレだった。 「あらミス・ヴァリエール、大好きな使い魔と一緒にいられる時間が増えて嬉しいって顔してるわよ?」 それを看破したうちの一人であるモンモランシーは、実に愉快げな笑みを浮かべてルイズをからかいに回った。 「なななな何を言ってるのかしらモンモンランシー!」 「モンモランシーよ! そんな妙な呼び方で呼ばないでいただけるかしら!」 「何よ! アンタなんかギーシュとバカップルっぷりを振り撒いてたらいいんだわ!」 「なななな何を言ってるのかしらミス・ヴァリエール! わわわ私がいつギギギギーシュとババババカップルだったというのかしら!」 ルイズの素早い切り返しに動揺を隠せない彼女の横に、意味もなくギーシュが現れた。 「ああ二人とも僕のために争わないでおく――」 金髪の少年は爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた。 「ああギーシュ! このゼロのルイズ、ギーシュになんて事してくれるのよ!」 バカップルを否定した舌の根も乾かぬうちに、ボロボロになって気絶したギーシュへ慌てて駆け寄るモンモランシー。 「なんつーか平和じゃのう」 当のジョセフはルイズの席の横の床にあぐらを掻いて、まったりとスラップスティックな教室を観賞していた。その柔和な微笑みで少年少女を見守る様子はやはりどうやっても気のいいデカいおじいちゃん、という雰囲気を醸し出す助けにしかなってなかった。 「そうとても平和だわね、次の授業はつまんないミスタ・ギトーだから二人で愛のサボタージュしましょダーリン?」 後ろから抱き着いてくる二つの巨大な感触に鼻の下が大きく伸びるジョセフ。気のいいデカいおじいちゃんからドスケベジジイにジョブチェンジである。 「いや、それも非常に嬉しいお誘いじゃのう」 少し高い体温とナイスバディなキュルケに抱き付かれて悪い気がしないのは当然である。 だが時と場合を考えなければ酷い事になるということを、ジョセフはうっかり失念した。 ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と特徴的な書き文字をバックに、異様な威圧感を纏った気配を背後に感じて振り返った時にはもう遅い。 怒りに震える主人が引きつった笑いを浮かべながら、乗馬鞭で掌を叩いていた。 「OK落ち着こうご主人様。ここはクールに。な?」 「私はとても落ち着いてるわジョセフ……まるで風の吹かない真夏の夜みたいにね……」 ちっともクールではない例えと共に鞭を振りかざすルイズと、一目散に教室中を逃げ回るジョセフ。 クラスメイト達の生暖かい視線を存分に受けながらの朝の運動を終えて、呼吸も荒く席に戻るルイズと息一つ切らさずルイズの横の床にジョセフが座ると、教室のドアが開いた。 開いたドアから入ってくるミスタ・ギトーの姿に、これまでさんざ楽しげに振舞っていた生徒達はピタリと静かになり、一斉に席に着く。 長い黒髪に漆黒のマント、痩せぎすの身体とこけた頬。 外見からしてジョセフは(うわぁ、陰気くせえ。しかも陰険丸出しな顔しとる)と判断をつけた。事実、不気味な外見と冷たい雰囲気の為に生徒達からの人気はルイズの胸以上にない。 「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」 教室中が沈黙に包まれる。疾風の二つ名とは裏腹に、微かにも風が揺らがない教室の雰囲気にジョセフは(くそ、こんなクソガキの授業じゃ暇潰しどころか不愉快なだけじゃないか。失敗したわい)と舌打ちした。 だが平民で使い魔な男の苛立ちなど目にも入っていない様子で、教室を睥睨して満足げに笑ったギトーは言葉を続ける。 「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ」 いちいち嫌味な物言いをするギトーに、キュルケは普段から彼に対して積み重ねていた怒りを掘り起こした。 「そんなもの、『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー」 怒りを笑みに織り交ぜ、芝居がかった口調で不敵に笑うキュルケ。 「ほほう。どうしてそう思うのだね。一応キミの御高説を拝聴しようか」 「全てを燃やし尽くせるのは炎と情熱。風は火を燃やす助けにこそなっても、燃え盛る炎を消し飛ばすことは出来ませんものね?」 挑発めいた物言いにも、ギトーは口端をゆがめただけの笑みを浮かべるだけだった。 「残念ながらそうではない。事実に基づかない妄想は早いうちに捨て去るべきだ」 ギトーは腰に差した杖をわざとゆっくりした動きで抜くと、言葉を続ける。 「試しに、この私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ」 キュルケはおおよその意図を理解した。つまり風の魔法が最強だと言いたいが為の生贄として、この教室の中でも目立ったトライアングルメイジである自分を指名したのだと。 真正面からぶつかって勝てる可能性を頭の中で考えて、おそらくは不利と読んだ。 どの属性が最強か、というのは太古の昔から議論され続けてきたことだが、明白な結果が出たことはない。使い所と純粋な魔力量でその場においての最強が決まるのだから。 そう考えれば、この時点では魔力の差でキュルケの火とギトーの風のどちらが強いか、ということだが、教師である向こうは生徒の力量を把握した上で指名している。 「どうしたね? 君は確か、全てを燃やし尽くせるとか言う『火』の魔法が得意ではなかったのかね?」 挑発するようなギトーの言葉に、キュルケの眉間に深い皺が刻まれ。ちらり、と横を見た。 「――火傷ではすみませんことよ?」 いいだろう。喧嘩を吹っかけてきたのは誰あらぬギトーだ。それはこの教室にいる全員が証明してくれる。 「構わん。本気できたまえ。その、有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないのなら」 既にキュルケの顔からは、いつもの余裕めいた笑みは消え失せていた。 胸の谷間から杖を抜くと、彼女の怒りを体現して燃え上がったかのように赤毛が逆立つ。 杖を振れば差し出した右手の上に、小さな火の玉が現れる。そこから更に呪文を詠唱し続ければ、見る見るうちに膨れ上がった火の玉は直径1メイルほどにもなった。 生徒達が慌てて机の上に隠れる。 キュルケは膨れ上がらせた炎の玉を頭上に掲げれば、炎に照らされた彼女の顔には、怒りを隠そうともしない凄絶と称してもいいほどの笑みが色濃く浮かんでいた。 そして炎の玉に杖の先を向けると、勢い良くギトーに向けて杖を振り下ろした。 炎の玉は狙い違わず唸りを上げてギトーへ奔るが、その火の玉を避けようともせずに鼻先で笑いながら、手に持った杖を振ろうとし…… ギトーは、襲い来る火の玉に飲み込まれ、教壇ごと吹き飛ばされた。 盛大な爆発音と巻き起こる炎は一瞬で消え去り、後にはちょっと前まで教壇だった残骸とちょっと前までギトーだった黒焦げの半死人が転がっていただけだった。 机の下から這い出てきた生徒達がその光景を見た次の瞬間、あれほど静かだった教室には盛大な歓声が巻き起こっていた。 生徒達の歓声や口笛が巻き起こる中、キュルケは悠然と手を振って観客達の祝福に応えた後、たおやかな足取りでジョセフの方へと歩み寄ると、彼とハイタッチを交わした。 今、何が起こったかを説明するとすれば、ミスタ・ギトー殺人未遂の主犯はキュルケではあるが、共犯はジョセフであるということだけだ。 先ほどちらりと横を見てジョセフに目配せをしたキュルケは、教室中の視線を自分に集める役割を買って出たのだ。きっとギトーになんらかのイタズラを仕掛けてくれる事を期待して。 ジョセフは、キュルケの見立てを裏切ることはなかった。むしろジョセフもギトーの物言いに怒りを覚えていた為、喜んでこの悪巧みに乗ったのだ。 出来るだけ見た目が派手になるように、そして破壊力の高さを誇示するように膨らませた火の玉を作ることで、ルイズの爆破で机の下に潜るのに慣れている生徒達を机の下に潜らせた。 そして頭上に火の玉をかざすことで、ギトーの視線をもキュルケに釘付けにさせた。 誰の目からもノーマークとなったジョセフは、何食わぬ顔してハーミットパープルを教室の隅に通らせてギトーの足元に滑らせ、杖を振ろうとした瞬間にたっぷりと波紋を流し込んだのである。 「あらあら、何やら風の魔法を自慢しようとなさったみたいですけれど。ご自慢の黒髪がわたくしの情熱に焼かれたという証明になっただけでしたわね、ミスタ・ギトー?」 その言葉を不謹慎だと諌める生徒は勿論おらず、更なる爆笑を呼び込んだだけだった。 「でもあんな種火程度で死なれては栄えあるツェルプストー家にいらぬ汚名がついて回りますわね。もし宜しければ皆様御存知の『疾風』のギトー先生にどなたか『治癒』を!」 笑みを噛み殺しきれない数人の生徒が、ギトーに近付くと『治癒』にかかる。 ルイズはキュルケとジョセフの悪巧みを目撃した……と言うより、真横にいたジョセフがハーミットパープルを伸ばしているのをどうやっても目撃する立ち位置だった。 にっくきツェルプストーにジョセフが協力したのは気に入らないが、それ以上に気に食わないギトーをブッちめた事を考えれば帳消しにしてやってもいい。 「さすが私の使い魔ね。誉めてあげてもいいわ、ジョジョ」 椅子に座り直しながらのルイズの言葉に、ジョセフは恭しく帽子を脱いで会釈した。 「光栄の至り」 そんな生徒達の歓声に満ちた教室の扉がガラリと開いて、緊張した面持ちのミスタ・コルベールが現れた。 頭に馬鹿でかいロールが左右に三つずつ付いた金髪のカツラを被り、ローブの胸にはレースの飾りや刺繍やら、他にも色々とありとあらゆる飾りを付けていた。本人はめかしているつもりだったのだろうが、気分が最高にハイになっている生徒達の爆笑を誘う結果となった。 「何を笑っているのです! ミスタ・ギトー……」 時ならぬ爆笑に気分を害したコルベールは授業の受け持ちであるギトーの名を呼ぶが、ギトーは数人の生徒達に囲まれて『治癒』の魔法をかけられているところだった。 「な、何があったのですか! まさかまたミス・ヴァリエールが!?」 教室に来てみれば教師が黒焦げになって死に掛けている。そこから導き出される結論としては、非常に妥当なものとも言えたが、濡れ衣を着せられたルイズはむ、と頬を膨らませた。 「いいえ、ミスタ・コルベール。ミスタ・コルベールも御存知の『疾風』のギトー様は、御自分の風の魔法を自慢しようとしたのですけれど、わたくしの情熱を込めた火の魅力にすっかり骨抜きになったところですの」 キュルケの楽しげな説明に、コルベールは眉間に手をやった。 (……生きてるようだしよしとするか。彼もこれに懲りて少しでも尊大な性格が直ればいい) コルベールもギトーには含むところがあったようで、彼に同情の念を抱くことも無かった。 「だがミス・ツェルプストー、後で事情を聞かせてもらうから学院長室に来るように。曲がりなりにも教師をあのようにしたのだから何らかの罰は受けてもらわねばならないからね」 はーい、と悪びれた様子も無く笑っているキュルケに多少の頭痛を覚えながらも、ここに来た当初の目的を果たすべく口を開いた。 「……おっほん。えー、今日の授業はすべて中止であります!」 重々しい調子で告げられたコルベールの言葉に、教室から先程のそれにも負けるとも劣らない歓声が巻き起こる。その歓声を両手で抑えるように振りながら言葉を続けた。 「えー、皆さんにお知らせですぞ」 もったいぶろうとのけぞり気味に胸を張ったコルベールの頭から、ぼとりと馬鹿でかいカツラが滑って床に落ちた。ただでさえ空気が暖まっている教室と、箸が転がってもおかしい年頃の生徒達の笑みを留めることは出来はしない。 そこから更に一番前に座っていたタバサが、コルベールのハゲ頭を指差してとどめの一撃を呟いた。 「滑落注意」 教室の爆笑は今日一日の中でも最高のものだった。 存分に気分を害したコルベールがものすごい剣幕で怒鳴り散らし、流石に空気を読んだ生徒達はひとまず黙る。だが誰かが少しでも笑いを堪え切れず吹き出せば凄まじい勢いで感染することは請け合いだった。 けれどその後にコルベールが告げた、トリステイン魔法学院にアンリエッタ王女が行幸する、という言葉を聞いた生徒達の興味は一気にそちらへと引き付けられた。授業が中止になる上に、まさか王女殿下の姿を見ることも出来るとなれば、貴族子弟を高揚させるには十分だ。 歓迎式典準備の為に正装し、門に整列する旨を告げられた生徒達は一様に緊張した面持ちになると、一斉に頷いた。ミスタ・コルベールは満足げに頷くと、目を見張って声を張った。 「諸君らが立派な貴族に成長したことを姫殿下にお見せする、絶好の機会ですぞ! お覚えがよろしくなるよう、しっかりと杖を磨いておきなさい! 宜しいですかな!」 そしてコルベールは他の教室にもこの旨を連絡すべく教室を早足に出て行く。 あまりにも慌てていたので、コルベールは落ちたカツラを忘れてしまっていた。無論、悪戯盛りの生徒達がこんな絶好のチャンスを見逃すはずも無い。 マリコルヌが用意した羊皮紙を、教室中の生徒に回して次々と署名を並べていく。当然、ジョセフもその末席に名を連ねた。 保健室に運ばれたギトーは、数時間後に目を覚ました時に馬鹿でかいロールのついたカツラを被せられていたのに気付き、自分の自慢の黒髪がチリチリに燃えてしまったのにも気付き、そして極めつけの手紙にも、気付いた。 「我ら生徒一同が敬愛しその名を忘れることのない『疾風』のミスタ・ギトーへ しばらく不自由でしょうからそのカツラを進呈いたします」 最後に、キュルケを筆頭に教室にいた生徒達の署名がずらりと並んだ手紙と悪趣味なカツラは、風の刃でズタズタに切り裂かれることになった。 To Be Contined →
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キュルケとギーシュの二人に両脇を抱えられて空を飛ぶルイズの左目には、途切れる事無くジョセフの視界が映り込んでいた。 自分を殺そうとしてくる何人ものワルドが次々と打ち倒されていく光景は、目を閉じても否応無しに見せられ続ける。 薄汚れた暗殺者でトリステインを裏切った重罪人だとしても、憧れの人だった青年であったことは変え様が無い。しかし今、実際に襲われているのは自分ではない。ジョセフだ。 自分の中にあるはずもない魔法の才能に求婚したワルドと、守ってやると誓ったジョセフ。今のルイズがどちらに重きを置いているかは、斟酌するまでも無い。だが、それでも。まだワルドの変貌に気付いてから一日も経っていない。 そう簡単に割り切れるものでは、なかった。 「もっと急いで! このままじゃ、ジョセフが……」 「黙ってて! これでも私達の全速力よ!」 「焦る気持ちは判るよ、ミス・ヴァリエール! 僕達だって友人を失いたくないからね!」 普段の飄々とした軽薄な雰囲気を感じさせない切羽詰った二人の返答に、ルイズは言葉を詰まらせた。 「ご……ごめん。うん、判ってる……でも……」 ルイズを抱える手に僅かに力を込め、キュルケは火のような赤い瞳を彼女に向ける。 「言っておくけど、私達の精神力はもう期待しないで。正直、もしかしたらタバサ達と合流する前に精神力が尽きるかもしれない。もしジョセフが負けた時、私達が戦わなくちゃならないとしたら――」 一旦言葉を切り、一瞬だけ無言で鳶色の瞳を真正面から見据えた後、言い切った。 「あの裏切り者と戦うのは貴方よ、ヴァリエール」 「……判ってるわよ、そんなのは……!」 微かに出るのが遅れた言葉は、その事実に目が向いていなかった事の証明だった。 判っていなかったのではなく、あえて目を背けていたのだろう、とキュルケは考えた。 (無理もないわ。でもねルイズ、それでもアンタはダーリンを助けに行くと言ったのよ。アンタの中では、もうとっくに答えは出ているということよ。踏み切るなら、早い内の方がいいわ。下手に迷うと……みんな、死んでしまう) キュルケの中で走る思いは、言葉にはならない。それは言うまでも無いことだからだ。キュルケが知っているルイズという少女は、魔法の才能はゼロだが聡明で誇り高く、ジョセフ・ジョースターという老人を大切に思っている。 しかしかつての憧れの人物を、裏切り者だと知ってすぐに掌を返して敵対できるような性格でないことも、よく知っている。 そうと知っていてルイズの望みを叶えようと、枯れかけている精神力を絞り出して空を翔けている。 (私ってば情が深いのよね。博愛主義、というやつなのかしら) くす、と小さな笑みを浮かべ。自分には見えない光景を見ているルイズの表情の変化は、どんな言葉よりも雄弁にジョセフ達の窮地を教えてくれる。 無二の親友タバサと、愛するジョセフを救うため。そして認めたくは無いけれど。 先祖代々の仇敵と言えども、ルイズという友人の為に。 三人の少年少女は、一日足らずの滞在となったニューカッスルへ再び接近した。 昨日見た光景とは違い、既に城は無残に崩れ落ちてしまっている。先程出航してからさして時間も経っていないのに大きく変わった岬のシルエットに驚いたのも束の間。 続けて岬全体がゆっくりと大陸からずれるように滑り落ちていく。 「うわ! 見てみなよ二人とも! 岬が……岬が、落ちていく!」 ギーシュが言うまでも無く、ルイズとキュルケは落ちる岬に視線を奪われていた。 「……今まで正直信じられなかったけど……本当に岬って落ちるものなのね……」 たった一言呟いて、キュルケは思いを新たにした。 あれだけのことをやってのける人物は、必ずツェルプストーに大きな利益を齎すことだろう。それがヴァリエールの恋人だというのなら、ツェルプストーの伝統にかけて、何としてもモノにしなければ。 (……でも、御先祖様達がやってきたことよりずっと難しいだろうけど) モノにする本人がルイズを猫可愛がりしているのは明らかだし、何よりルイズもジョセフを大切に思っている。それでも、目標が困難ならば困難なほど燃え上がるのは、ツェルプストーの血筋と言うものだった。 だがルイズは眼前で起こるスペクタクルの他にもう一つ、注視しなければならない情景が左目に休み無く映し出されていた。 正にその時、ジョセフはシルフイードの背を蹴りその身一つでワルドに躍り掛かった。 左腕から迸るハーミットパープルがワルドへ奔るが、ワルドはグリフォンの機動と風の渦で紫の茨を薙ぎ払い回避していくが、一本の茨が遂にワルドの左腕を捕らえた。 ルイズは知る由もないが、それは奇しくも昨夜の戦いと同じ流れ。 昨夜はジョセフの左腕を放つ一撃でワルドの左腕を切り飛ばした。 今もまた、ジョセフの左腕から放たれた茨を伝った波紋がワルドの腕を吹き飛ばした。 しかしそこからは、昨夜とは異なっていた。 ワルドは瞬時に自らの左肩を自分の作り出した風の渦で切り離し、波紋の伝達を防ぐ。 グリフォンの翼が大きく振り払われ、視界が大きく回転する。 空の青と雲の白が目まぐるしく入れ替わる中、恐ろしいスピードで迫ったグリフォンの前脚が振り下ろされるのが見え――ルイズは、目を閉じるのではなく、見開いた。 「ジョセフ!!」 赤い何かが目の前に飛び散っているのが見える。それが自分の血ではなくジョセフの血だと判別するのも一瞬遅れた。 空を落ちていく視界に、今しがた吹き飛ばされたはずのワルドの左腕が、瞬時に再生するのを、ルイズは確かに目撃した。 見る見るうちにグリフォンが小さくなっていく視界。 ルイズは、ふる、と小さく首を振った。 これが夢なら、どんなにいいだろう。 ワルドは昔と変わらない憧れの人で。アルビオンは滅びることなんか無くて、アンリエッタとウェールズが手を取り合えて。ジョセフもお調子者で自分を怒らせたりするけど、ただ側にいてくれて。 どうしてこんなことになってしまったんだろう。 「うっ……」 喉の奥がつんとして、おなかの底から堪え切れない波が押し寄せてくる。 熱くなった目に涙が溜まってぽろぽろと風に流されていくのが、判る。 「う、うっ……」 泣くものか。泣いてたまるか。泣きたくなんか、ない。 昨夜だって。ワルドが倒されてジョセフに抱き締められた時だって泣かなかったじゃない、私。今泣いちゃ駄目。だってまだ、ジョセフは死んでない……左目に、ジョセフの見ている物が見えるんだもの……。 「……ミス・ヴァリエール。ミス・タバサの風竜が見えたよ」 込み上げる涙を何とか押し留めようと必死に自分に言い聞かせていたルイズに、少しばかり言いにくそうに言ったギーシュの言葉が届く。 涙で滲む両目を袖で拭うと、前から猛スピードで飛んでくるシルフィードが見えた。 「……ええ、見えるわ……」 たった一言答えて、ぐ、と嗚咽を飲み込んだ。 まだ胸はしゃくり上げるのを止められないが、呪文の詠唱は出来ないことはない。 シルフィードは空で巨大な半円を描くように旋回することで、三人を背に乗せるための減速と同時にすぐさま元の空域へ戻れる機動を行う。 タバサがワルドに反撃する為の手段を求めていたのも確かだが、ルイズ達がフネを離れてわざわざここまで来たという事は、ジョセフとの感覚の共有で今しがたのアクシデントを察知したからだ、という推論に達するのは自然とも言える。 ルイズ達の飛行ルートとシルフィードの旋回するルートを巧妙に合わせ、互いのスピードを無理に調整することも無く三人をシルフィードの背に乗せることに成功した。 決して短くない距離をフライで飛んできたキュルケとギーシュは、既に戦力として望むべくもない。気を抜けば今にも気を失いかねないほど消耗している。 残る戦力となるルイズに頼るしかない状況の中、タバサはルイズを見やる。 「シルフィードが怪我をすればトリステインに帰還出来ないかもしれない。だから私は回避に専念する他ない。貴方の魔法だけが頼り」 要点のみを連ねたタバサの言葉に、ルイズは泣き腫らして赤くなった目を袖で拭った。 「判ってるわ……! ワルドを倒して……ジョセフを、助けに行かなくちゃならないんだもの……!」 それはタバサに答える言葉と言うより、自らに言い聞かせる類の言葉。 そうやって口にしてもまだ断ち切れないほど、彼女に縛り付いた躊躇は弱くなかったが。 * 激痛などという甘い言葉で表現できない衝撃。 人生の中で何度も味わった感覚を、ジョセフは感じていた。 高い空から地面に向かって落ちていく経験は何度もあるが、だからと言ってそれに慣れられるという訳ではない。 (アバラは2、3本じゃすまんくらい折れている……胸の肉も大分抉られてる……呼吸は何とか出来るがッ……波紋は練れんッ……) むしろライオン並みの大型の獣の前脚を食らってこの程度で済んでいる、というのは幸運以外の何物でもないのだが。 だが年老いてもなお明晰さを保持しているジョセフの頭脳は、既に答えを導き出していた。 (このままでは助からない) 飛行機も無ければパラシュートも無い。 せめてもの救いはタバサとウェールズを逃がすことは出来たということ。 だが、こんな異世界で死んでしまえば。地球に残してきた家族や友人達を悲しませてしまう。そしてあの小生意気な主人も。 (ちくしょうッ……わしも今まで奇妙な敵達との死闘を潜ってきたが……最後があんなクソガキに負けて死ぬっつーのはカンベンしてほしかったわなァ――) ものすごい速度で空を落ちていく中、ジョセフの意識は不思議なほど明朗だった。 「――思い出したぜ、相棒」 落下の最中、左手に握られたままのデルフリンガーが、言った。 「ボッコボコにされたあいつがなんでピンピンで戻ってきたか思い出したぜ! でもその種明かしはまた後だ、実はもう一つ思い出したことがあるんだよ!」 デルフがそう言った直後、ジョセフの身体が自身の意思を無視して動き始める。 乱れた呼吸が整い、激しい生命力に満ちた呼吸に変貌していく。 その呼吸は、ジョセフにとって非常に馴染み深いものだった。 全身の痛みを和らげ、何本も折れていた肋骨が見る見るうちにくっつき、胸から吹き出し続けていた血が止まっていく。 「これはッ……波紋!?」 「その通りだぜ相棒! 俺っちにゃ吸い込んだ魔法の分だけ使い手の身体を動かす力があるんだよ! 疲れるから使いたくはねえんだがな! 足とか手とかなら動かしたことあるけどよ、こんな妙ちくりんな動かし方させたのは初めてだが何とかなったな!」 「空は飛べたり出来んのか!」 「そこまでムチャ言うんじゃねえよ相棒! そこらは自分で何とかしてくれよ!」 「伝説の剣ならそのくらいの機能つけといてくれんか!」 軽口を叩きあいながらも、ジョセフは先に空中に落ちたニューカッスルの岬を見下ろす。 自分が落ちたのは岬が落ちてから数秒後のこと。 あれだけ巨大な物体が受ける空気抵抗はかなり大きい。ならば。 「無理を通せば道理が引っ込むって言葉もあるよなァ!」 空中で無理矢理姿勢を立て直し、両足を下に向けて空気抵抗を成る丈殺して落下速度を早める。 下から吹き上げる風圧に巻き上げられた城の瓦礫に狙いを定めて足を付けると、落下する方向を変える為の跳躍を繰り返す。 瓦礫と言えども中にはかなり大きなものも多い。打ち所が悪ければ死ぬかもしれない。 しかしジョセフは巧みに瓦礫の八艘飛びを成功させると、止まる事無く落下を続けている岬へ見事着地した。 瓦礫さえ吹き上げる風圧の中、ジョセフが岬に立っていられるのは吸い付く波紋で足を地面にくっつけているからである。 「で、岬に着いてどーすんだ相棒。このスピードじゃ落ちたら死ぬぜ。俺っちは剣だからもしかしたらどうなるかもしれねぇがよ」 まるで他人事のように評論するデルフリンガーに、ジョセフは何でもない事のように言った。 「とりあえず最後までやれるだけの事はやってから諦めるしかあるまい。何とか出来そうな心当たりがないワケじゃあない」 「あるのかよ?」 「やるだけのことはやってから死ぬのがジョースターの伝統でなッ!」 そう言った瞬間、ジョセフは空を落ちる地面を走り出す。かつてジョセフの命を救った生命の大車輪は、50年経った今も錆び付いてなどいなかった。 「それでこそ伝説の使い魔だな! くぅーっ、そこにシビれる憧れるってな! よし相棒、よーく聞け。あのキザにーちゃんが波紋で腕が吹き飛んだ理由とすぐに生えた理由を思い出した。ありゃー先住魔法だ。水の精霊の力が身体に充満してやがる」 「先住魔法?」 「ブリミルがハルケギニアに来る前にこの世界で使われてた魔法だ。今の貴族達が使う系統魔法とは違うが、効果は系統魔法よりずっと強い」 「なるほどな、昨夜ブッちめたはずのあいつが舞い戻ってきたのはそのせいか?」 「その通りだ。アイツは厄介だが波紋に対しては相性が最悪だわな」 ジョセフの脳裏には、波紋を流された途端左腕が破裂した光景が映し出された。 「確かに波紋は水を自由自在に駆け巡る性質があるからな。水の精霊って言うくらいなんじゃから、普通の生き物なんか問題にならないくらい水気がたっぷりじゃろうな」 「波紋以外であいつを倒す方法は、水を害する火の魔法か……そうでなけりゃ……」 虚無の魔法、と言いたい所ではあるが、そんなものを使える心当たりはデルフリンガーには無い。 「あのお嬢ちゃんの失敗魔法か、だな。あれは威力も高いがとにかく爆発させる効果がいい。今のアイツは言わば水の塊だ、再生出来ない位飛び散らせちまえばいいって寸法よ」 「ルイズの……か。しかし望みは薄いな」 ルイズはトリステインに帰るフネに乗せている。 ならば今ジョセフの中にある手段を試す以外に手は無かった。 「で、そろそろ俺っちに種明かししてくれよ。今、相棒と俺っちが助かるものすげェ手段ってヤツをよ」 「言うよりも実際に見せてやった方が……」 ふと、ジョセフの言葉が途切れた。 「どうしたよ、相棒」 「いや……なんか、左目がおかしい……」 ジョセフの視界が少しずつ揺らいでいく。 「そりゃーあんだけドタバタやってるんだからよ、疲れてるんだよ」 何度か瞬きをしているうち、段々と視界の揺らぎは歪みに移行し。やがて、何らかの像を結んだ。 「うおッ!? なんか別のものが見えるぞ!?」 思わずジョセフが叫んだ。それが自分の見ているものではない、誰かの視界だと言う結論に達するのはさして難しいことではなかった。 「おう、何が見えてるんだ相棒」 「こいつぁ……ルイズの視界じゃな」 いつかルイズが言っていた事を思い出す。 『使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられるわ』 しかしルイズはちっとも自分の見てるものなんか見えないと言っていたが。逆の場合もあるということなんじゃろうな、とジョセフは納得した。 だが、何故突然ルイズの視界が自分の左目に映り込んだのか。 左手を覆う手袋の中から見えた、いつにも増して強く光るルーンの輝きに、ジョセフはおおよその事情を理解した。 これも伝説の使い魔『ガンダールヴ』としての能力の一つだと言う事だと。 どんな状況になるとルイズの視界が見えるのか、と考えると、ジョセフは左目に映った視界を注視し――愕然とする。 そこに見えたのは青い竜の背。ものすごい速度で飛んでいるのは飛び行く雲の速さが雄弁に語っている。 時折ちらりちらりと視線が揺らぐのは、ルイズ自身の不安を如実に示す。 まず見えたのはタバサの背。続いて横に座るキュルケ、ギーシュ。背に乗せられて気絶したままのウェールズ。 そして、見る見るうちに相対距離を縮める――ワルドのグリフォン。 「な……なッ……」 「な?」 「何をやっとるかあいつらァァーーーッッッ」 流石のジョセフでもこの光景は想定外も想定外だった。 逃げろと言ったのにどうしてまた立ち向かってるのか、どうしてシルフィードの背に全員が乗っているのか。それは推理するまでも無い。 それにしても、だ。勝ち目の無い戦いに新たな手も用意せず再び向かおうとする、向こう見ずなどと言う生易しい言葉で言い表せない程の無謀に、ジョセフは帰ったら全員大説教だ、と心に決めた。 同時に。今から行うべき手段は何としてでも成功させなければならない、とも心に決める。 「人生にゃあどうしてもやらなくちゃならん時があるよなぁ……」 ふ、と口の端に笑みを浮かべ。ジョセフは目的の場所に辿り着いた。 「おい相棒、ここか? 本当にここか? ここに俺達が助かるどんな方法があるんだ?」 戸惑うように鍔を鳴らすデルフリンガーに、ジョセフはニヤリと笑ってハーミットパープルを伸ばす。 搾り尽くした筈のスタンドパワーがなおも溢れてくるのが判る。 もしかしたらこのスタンドパワーは命を削って無理矢理出しているものかもしれない。 だが、ここでやらなければ。どちらにせよ、だ。 左手に握ったデルフリンガーを更に強く握り締め、ハーミットパープルは目当ての“それ”を掴み取った。 「よォッしゃァアーーーッッ! さすがワシ! ついてるゥ!」 デルフリンガーは「おい、ここまで一生懸命走ってきたの一か八かだったのかよ」とツッコミを入れるのも面倒臭かった。 To Be Contined →
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「まったく、ただの平民だと思ったら、案外やるもんだねぇ」 そう、ルイズも、タバサも、キュルケも、ホワイトスネイクも、才人の言葉に返答しなかった。 ならば、この声の持ち主は…… 「その言い草……なるほどね、獅子身中の虫って事かい」 カタカタと鍔を揺らすデルフの声は、珍しく怒りを満ちていた。 デルフの言葉に、才人は身を固くし、ゴーレムの攻撃と爆発の影響が無い場所に潜み、今、勝利を確信してこの場所に現れた“そいつ”に剣を向ける。 「あんたが……あんたが……!!」 “そいつ”の名はミス・ロングビル。 またの名を―――――― 「『土くれ』のフーケ!!」 「正解。賞品は出ないけどね」 ふてぶてしく嘯くフーケは、才人達の中で一番負傷が激しいルイズへと杖を向けている。 「分かっていると思うけど、詠唱はもう終わっているから、 一歩でも動いたら、このお嬢ちゃんの頭が柘榴みたいになっちまうよ おぉっと、そこの眼鏡の子も、杖から手を放すんだ、良いね」 抜け目無くタバサが無事な左手で持っていた杖を捨てさせたフーケは、ゆっくりとルイズへと近づきながら、今回の事件に関する説明を始める。 「最初、計画通りに『破壊の杖』を盗んだまでは良かったんだけど、どうにも私には、使い方が分からなくてね。 それなら、使い方が分かる奴に使って貰おうと考えた訳さ。 魔法学院の連中なら知ってると踏んだんだけど……どうやらハズレを引いたみたいだね」 誰に聞かれるでも無く、何故、わざわざ学院に戻り捜索隊が出るように仕向けたかを話すフーケに、自分を庇い重症を負ったルイズを抱いていたキュルケは、ふつふつと怒りが込み上げてきていた。 「そんな……そんなくだらない理由で―――!!」 「くだらないなんて、とんでもない。 使い方の分からないマジックアイテムなんて、杖を持ってないメイジみたいなものよ。 価値なんてありゃしない」 まぁ、あんた達には分からないでしょうねぇ、と呟くフーケを、射殺さんばかりに睨むキュルケの唇は、怒りのままに噛み締められ、真っ赤な血が滴り落ちている。 「正直、ゴーレムを倒した手並みは見事だったけど、詰めが甘いよ。 来世では、きちんと最後まで気を抜かないようにね」 目付きを鋭くしたフーケが呪文を解放しようと、杖を、気付かれないように摺り足で移動していた才人に突きつける。 「まずは、あんたからだよ!」 そう言い、解放しようとした瞬間、フーケは咄嗟に後ろに下がった。 キュルケの腕に抱えられていた少女が立ち上がり、自分の方へ、そのか細い腕を向けた為に。 「何のつもりだい? まさか、杖も無しに私に戦いを挑む気なの?」 「そのまさかよ『土くれ』 私はこれからあんたを倒すわ」 右肩が砕かれ、その他の箇所にも岩石が当たり、呼吸をするのもやっとだと言うのに、ルイズは普段通りの口調とテンポで言葉を紡いでいた。 「どうして貴族様と言うのは、こう負けず嫌いなのかね?」 やれやれと言わんばかりに杖を構えるフーケに対し、ルイズは、それは違うと首を振る。 「確かに……あんたにここまでされたのは癪よ。だけど、私が、今、立ち上がっているのは、それとはまったく関係無い。 私はね、フーケ。何よりも自分の理想を汚すのが、一番耐えられないから、立ち上がっているのよ」 前だけを見据えて、桃色の少女は言う。 「理想?」 「えぇ、敵に後ろを見せず、例えその先にあるのが死だとしても、毅然として立ち向かう。 ――――――それが、私が求める理想よ」 一歩、さらに前へと踏み出し、フーケに近づくが、体重を支え、地を蹴る為の足は小刻みに震え、もう、すでに限界に来ている事を告げている。 「理想ねぇ……勝てない敵に……必ず死ぬと分かっている者に立ち向かうのは、そんなに大層なもんじゃない。 ただの無謀と言うんだよ」 「無謀だからと言って、その場から逃げたなら人間は人間じゃなくなる。 その辺の家畜と変わらなくなるわ。 理想あっての人間。理想を実現する過程が、人間が生きるべき、最も尊い道。 私は、絶対に其処から外れるのは嫌。外れてなんかやらない。外れるものですか―――!!」 声は力となり、限界のはずの足を動かす。 前へと、己が敵を打ち倒す為に、ただ、只管に前へと。 「なら、その道で果てな!!」 フーケの杖から魔法が炸裂する。 その魔法は、ルイズの足元の土を一気に氷柱のように変化させ、そのままルイズの心臓を貫こうとする。 キュルケは、友人が死んでしまう現実に、顔を覆った。 タバサは、やっと見つけた希望が潰えるのに、絶望を顕わにしていた。 才人は、初めて見る死と言う事象に呆然としていた。 故に、この状況で動くのはただ一人。 「なっ!」 確かに桃色の髪をした少女に気を取られ、他の連中に対しての警戒が散漫になっていたのは認める。 認めるが、フーケは目の前の現実が信じられなかった。 崩れ落ちる少女の身体。 支える白の使い魔。 そして、粉砕された土柱。 「マッタク、君ノ成長速度ニハ呆レルシカナイナ。マサカ、一週間足ラズデ、エンリコ・プッチト同ジ程ノ精神ノ強サヲ持ツトハ…… 『世界』ノDISCヲ扱ウノニ三年ハ月日ガ必要ダト言ッタガ、ドウヤラ、ソノ認識ハ改メナケレバナラナイラシイ」 ルイズと同じだけの負傷を負っているはずのホワイトスネイクだが、その口調には隠し切れない喜びの韻が、確かに含まれていた。 それは、主が自分の望む強さに辿り着いたが故の喜びか。 歓喜に吼えるホワイトスネイクに、ルイズは、こいつを召喚してから一週間と一日しか経ってないんだなぁ、と現状とは違う事を考えていた。 「死に損ないが! 潰れな!!」 右肩が砕け、口から血を溢しているホワイトスネイクに、フーケは残りの魔力を総動員して作った、10メイルのゴーレムを嗾ける。 先程のゴーレムに比べれば、遥かに力は落ちるが、それでも亜人一匹殺すには十分過ぎる戦力のはずだ。 だが――― 「―――俺を忘れんな」 四肢を切り落とされ、ダルマにされるゴーレム。 その横には、剣についた土を振り払う黒髪の少年の姿。 硬直していた才人の頭が、ようやく再起動を果たしたのだ。 2対1 自分にとって不利な状況になってしまった事に気がついたフーケは、ダルマになったゴーレムに先程のゴーレムにした命令と、まったく同じ命令を下す。 この距離では、自分も被害が被るが、命には代えられない。 顔を腕で覆い、頭への被弾を防ぐような格好をしたが、それはまったくの無駄であった。 ルイズを支えていたホワイトスネイクは、即座にルイズから離れ、爆発寸前のゴーレムを左手と両足だけで完璧に粉砕したからだ。 その速さと破壊力は、明らかに人型のどの生物をも超越していた。 「……化け物」 フーケが思わず呟いたその一言に、ホワイトスネイクは、鼻を、フンと鳴らす。 奇しくもそれは、最近のルイズの癖に酷似していた。 「化ケ物カ……悪クハ無イナ。少ナクトモ、貴様ノヨウナ者ト同列ニ見ラレナイダケナ」 嘲るようにそう言うと、ホワイトスネイクはフーケの傍まで歩き出す。 フーケは、即座に踵を返して逃げようと走り出したが、彼女を守るべき泥人形が居ない今となっては、逃げられるはずも無い。 すぐに追いついた才人が、足を引っ掛けてこけさせて、フーケの杖を奪い取る。 無様に転んだが、それでも逃げようとするフーケの足をホワイトスネイクは掴み、持ち上げる。 「離しなさいよ、この!!」 「良イダロウ」 宙吊り状態になっても抵抗していたフーケを、遥か高く空中に放り投げ、落下してくるその身体に、拳を叩き込む。 何度も、何度も、何度も、何度も。 「おい! もう良いだろ! 止せ!!」 才人の声に、殴るのを止めたホワイトスネイクの横に、フーケの身体が落下する。 その身体には、幾重もの青痣が刻まれ、口元からは血が滲み出ていた。 「大丈夫なのかよ?」 「心配ナイ。死体ニナッテハDISCヲ取リ出セナイカラナ。急所ハ全テ外シテアル」 そういう問題じゃねぇだろ、と呟く才人の声に返答せず、 ホワイトスネイクは、殴打によって意識が無いフーケの頭から一枚、DISCを取り出す。 「貰ッタゾ……貴様ノ才能」 吐き捨てるように言葉を浴びせたホワイトスネイクは、さっそくそれをルイズに渡そうと振り返ると、桃色の少女は赤髪の少女の膝枕で気持ち良さそうに目を瞑り、意識を深い闇の底へと沈ませていた。 「どうやら終わったみたいね」 ルイズが起きないように、小さな声で言うキュルケの言葉に、才人とホワイトスネイクが同時に頷く。 フーケを戦闘不能に追い込み、『破壊の杖』の奪取にも成功した。 これは、文句なしの大成果である。 「帰還」 合図をし、風竜を呼び寄せたタバサに、一同はそれぞれの負傷を庇いながら風竜へと乗り込むのであった。 「それにしても……ミス・ロングビルが『土くれ』だったとはのぅ」 学長室で自慢の髭を擦りながら呟くオールド・オスマンは、物凄く残念そうである。 秘書として完全無欠、おまけに尻の触り心地も最高だったと言うのに、解雇しなければいけない事を、彼は本気で嘆いているのだ。 「いや、しかし、よくやってくれた、皆の者。 君たちのシュヴァリエの爵位申請を宮廷に提出しておいた。 あぁ、ミス・タバサは、すでにシュヴァリエじゃったから、精霊勲章の授与を申請しておいたぞい」 パイプの煙を吐き出しながら告げられた内容に、オスマンの元へ報告に来ていた、ルイズ、タバサ、キュルケの三人は顔を綻ばせた。 いや、タバサは何時も通りの無表情であったが。 三人共、フーケに負わされた怪我は、オスマン自ら治療を施し、ルイズに至ってはタバサ戦から長引いていた両腕と両足の怪我も完璧に完治していた。 「さて、ミス・ヴァリエールには、もう一つご褒美じゃ。 君に対して科せられていた謹慎処分を、現時点を持って取り消すとする」 オスマンの威厳がたっぷり込められた言葉に、ルイズは目を丸くした。 「あの……まだ期間はありますけど?」 「じゃから、ご褒美じゃと言ってるじゃろ。 確かに間違いを犯したと言う事実を消す事は出来ない。じゃがな、ミス・ヴァリエール。 消す事は出来んが、正しき行いによって払拭する事は出来る。つまりそう言う事じゃ」 呵々とその辺に居る爺さんとまったく変わらない笑い声に、ルイズは深く頭を下げた。 「ありがとうございます……オールド・オスマン」 「良い良い。さて、諸君。今宵の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。 主役は勿論、フーケを討伐した君達じゃ。楽しんでくれたまえ」 三人は元気良く、はいと返事をすると、学長室から退室する。 オールド・オスマンは、誰も居なくなった部屋で、一人パイプを吹かしながら、惜しいのぅと呟いた。 「ねぇ、ホワイトスネイク」 自室に戻り、舞踏会の為のドレスに着替え始めたルイズは、自分が完治した事により、怪我が癒えた使い魔の名を呼ぶ。 ホワイトスネイクは椅子に座り、奪ったばかりのDISCを手で弄んでいたが、ルイズの声に顔を上げ、彼女の方を見る。 「ドウシタ、ルイズ?」 ホワイトスネイクの声に、ルイズは何かを言おうと口を動かすが、途中で止める。 言おうか言うまいか迷っている、と言った様子だ。 そんなルイズの様子に、ホワイトスネイクは不思議そうに首を傾げた。 「ドウシタト言ウノダ、ルイズ。何カ言イタイ事ガアルナラ、ハッキリ告ゲタ方ガ良イ」 「―――分かった、言うわ。あのね、ホワイトスネイク。 …………エンリコ・プッチって、誰?」 真剣勝負寸前の武士のような顔で告げられた内容に、ホワイトスネイクは拍子抜けしたが、すぐに、そういえば、まだ話していなかったな、と思い出した。 「エンリコ・プッチトハ、私ノ元本体。私ヲ生ミ出シタ言ワバ、父デアリ、母親ダ。 彼ノ精神ノ象徴ガ私デアリ、故ニ彼ハ私ヲ100%使イコナス事ガ出来テイタ」 懐かしむように語り始めたホワイトスネイクを、ルイズは怒りとか悲しみとか、とにかく、そういうのがごちまちゃになった表情で、彼を見つめていた。 「私ハ彼デアリ、彼ハ私デアッタ。彼ノ望ミハ、私ノ望ミ。彼ノ悲シミハ私ノ悲シミ。 イヤ、スタンドデアル私ニ、悲シミヤ怒リナドト言ッタ感情ハ無イカラ、私ガ感ジテイタ悲シミヤ苦シミハ、彼ノ感情ダッタノダロウナ」 「ホワイトスネイク……貴方……」 その人の所に戻りたいの? とルイズは聞けなかった。 何故なら、プッチと言う男を語る彼の眼は、故郷を懐かしむ人間のそれであったから。 「シカシ、ルイズ。何故、コンナ事ヲ聞ク?」 「別に……他意は無いわよ。 ただの知的好奇心ってやつかしらね」 素っ気無く、ルイズはそう答えると、さっさと部屋から出て行った。 ホワイトスネイクは、何処かおかしげな本体の様子に首を捻るしかなかった。 「ヴァリエール公爵が皇女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~~~り~~~~~!」 白を基調としたドレスに身を包み登場したルイズに、魔法学院の生徒達は、皆、大口を開けていた。 普段『ゼロ』とか無能呼ばわりしていたはずの娘が、着飾ればここまで美しかった事を、誰一人予想していなかったからだ。 「僕とダンスをご一緒しませんか?」 「いえ、ここは私と」 「何を言う、ヴァリエールは俺と踊るんだ」 がやがやと自分の回りに集る男子生徒にルイズは、人間とはこうも簡単に手の平を返せるものかと、一種の感心さえしていたが、今まで自分の事を蔑んできた者と踊る趣味など、ルイズは持っていなかった。 最初の頃は、諦めずに粘る生徒も居たが、頑ななルイズの態度に、一人、また一人と居なくなり、とうとう、ルイズの回りから生徒達は完全に居なくなった。 「良かったのかよ、断って」 「良いのよ、あんな連中と踊る身体なんか持ち合わせてはいないわ」 軽食とワインをお盆に載せて付き従う才人の言葉に答えると、 ルイズの足は自然と、誰も人の居ないバルコニーへと向かっていた。 「ホワイトスネイク」 バルコニーに出ようとする所で、ルイズは自分の使い魔を呼びつける。 「今日は、あんたが一番のお手柄だから、今だけは私の傍を離れるのを許すわ。 パーティー、存分に楽しみなさい」 そう言い、さっさとバルコニーに出るルイズの後姿は絶対に着いて来るな、ホワイトスネイクに告げていた。 「おい!」 慌てて後を追う才人であったが、主の意図を汲み取ったホワイトスネイクは、暫くテラスを見つめていたが、やがて、パーティーの喧騒の中に紛れていった。 「どうしたのだよ、お前」 「……別にどうもしてないわよ」 バルコニーの手すりに寄り掛かるルイズだが、その顔は誰が見ても曇っているようにしか見えない。 「あのなぁ、そんな顔でどうもしてないとか言われても、はいそうですかって言えねぇんだけど」 呆れたように溜め息を吐く才人に、ルイズはムッとしたのか柳眉を逆立てたが、すぐにそれも元通りとなってしまう。 こりゃ、重症だなと才人は頭を掻く。 先程の様子では、ホワイトスネイクと何かあったらしいが、訳を知らない自分に出来る事など無いに等しい。 なので、とりあえず、その無きに等しい自分に出来る事を、才人はする事にした。 「ホワイトスネイクの事で悩んでるだろ」 「―――ッ! なんで……?」 「お前な……あいつにあんな態度取ってたんだから、丸分かりだっつうの。 まぁ、あいつの何で悩んでるかまでは分からないけどさ」 ルイズは、あっさりと自分がホワイトスネイクについて悩んでいる事を言い当てられたのに、手すりから離れ才人の顔を正面から見た。 「うちの親父が言ってたんだ。誰かについて悩んでる時って言うのは、その人の事を信じられなくなっているからって。 あ~、要するにだな。ホワイトスネイクを信じてやれよ。 一体、何で悩んでるか知らないけど、俺が見る限り、あいつはお前の事を本当に大切に思っているよ。 そんな奴の事を、信じられないのか?」 私が……ホワイトスネイクを、あいつを疑っている? そんなはずは無い。自分に対して常に忠実であり、裏切る事など初めから思考回路に存在しない、あいつを、どうして疑わなければならな―――――― ――――――その人の所に戻りたいの?―――――― っ! そうだ、自分は聞けなかった。 もし、帰りたいと告げられた時、一体、どんな顔をすれば良いのか分からなかったから…… いいや、それも違う。 そんな事を考えたく無かったから。 ホワイトスネイクが自分の元から居なくなるなんて、想像もしたくなかったから。 自分を底辺のさらに底から助けてくれた者を、失いたくは無かったから。 だから、私は聞けなかった。 ホワイトスネイクが、自分では無く、元本体を取ると疑ったから、私はあいつに聞けなかった―――っ!! 「サイト!!」 「はっ、はい!!」 「……ありがとう。あんたのお陰で目が覚めたわ」 「はっ?」 呆ける才人をその場に置いて、ルイズはパーティーの喧騒に紛れて行った使い魔の所へ走っていく。 「元気だねぇ、まったく」 二人の会話に口を挟まなかったデルフが、やれやれと呟いた。 ルイズと別れたホワイトスネイクは、特にこれと言ってやる事が無かったので、ぶらぶらと会場をうろついていた。 回りの学生達は、奇妙な姿をしたホワイトスネイクにこそこそと陰口を言っていたが、彼には関係無かった。 どれだけ蔑まれようが、どれだけ侮られようが、その事に関して怒りを感じたり、何らかのアクションをホワイトスネイクが取る事は無い。 これが本体への侮辱であるならば、話は別だが。 ともあれ、今宵のルイズの美しさは、使い魔が奇妙な姿である事を差し引いても、蔑まれる事が無い程であり、ホワイトスネイクの被害者は今のところ0名である。 「奇遇」 会場に設置されたテーブルの近くを通ったホワイトスネイクは、何の肉なのか良く分からない巨大な肉を喰らうタバサに話しかけられた。 普段の彼ならば、軽く無視するのだが、今は暇を持て余している身分なので、左手を上げて挨拶を返す。 「美味」 「残念ダガ、食物ヲ取ル必要性ガ私ニハ存在シナイノデナ」 差し出された料理を断ると、タバサは残念そうにもぐもぐと料理を胃袋に収め、 丸く透き通った瞳でホワイトスネイクの顔を覗き込んだ 「ナンダ?」 何か聞きたい事がある事を察し、どうせ暇だからと聞き易いように自分から話を振ると、タバサはゆっくりと口を動かす。 「ありがとう」 「別ニ、オマエヲ救ウ為ニ、フーケヲ倒シタ訳デハ無イ」 詰まらなげに呟くホワイトスネイクの言葉に、あえてタバサは何も言わなかった。 ただ、感謝の言葉を口にしただけで満足なのか、蒼色の髪を揺らしながら、テーブルの料理をお腹に詰める作業を再開する。 ホワイトスネイクは、そんなタバサの背中を見つめていたが、やがて、その場から立ち去った。 次にホワイトスネイクが出会ったのは、多くの男子生徒と会話とダンスを楽しんでいたキュルケだった。 彼女は、生徒の垣根を越えてホワイトスネイクの前に立つと突然、その頭を下げた。 キュルケが亜人に頭を下げた事に周囲の生徒達はざわめいたが、キュルケはそんな事、気にも留めずに、先程のタバサと同じように感謝の言葉を口にした。 「ありがとうね、貴方のお陰で色々と助かったわ」 「解セナイナ。オマエヲ助ケタノハ、ルイズダロウ」 「あぁ、今日の事じゃないわ。切っ掛けはどうあれ、貴方が来てくれたお陰で、私は自分がしてきた事に気がついて、ルイズに謝る事が出来た。 本当にありがとう。貴方のお陰で、私はルイズと本当に親友になれた気がするわ」 そう言って、生徒達の中心に戻るキュルケに、ホワイトスネイクは何かを言おうとしたが、結局止めた。 まったく、変な日である。 まさか、本体では無く、自分が人から感謝の言葉を受けるとは思ってもいなかった。 初めての事に戸惑いながら、歩いていた彼は、軽快な音楽を奏でている楽師達の前に来ていた。 そこは楽師達と近く喧しい事から人は居なく、ホワイトスネイク一人だけである。 「―――こんな所に居たのね」 周囲から隔離されたように人が居ないその場所に、もう一人の人物が現れる。 その人物は、桃色の髪をしたルイズと言う少女であった。 ルイズは、静かにホワイトスネイクに近づく。 丁度、楽師達は次の演奏の打ち合わせで音楽を鳴らしていない為に、人々のざわめきが唯一のBGMだ。 「あのね……ホワイトスネイク」 学生の声に紛れるような小さな声。しかし、込められた思いの大きさ故に、耳まで届く音。 「私…………貴方に聞きたい事があるのよ」 意を決したように紡がれる音に、ホワイトスネイクは無言のまま耳を傾ける。 どれだけ小さな音であろうと聞き逃す事が無いようにと。 「エンリコ・プッチの……貴方の元本体の所に……………………戻りたい?」 「マサカ」 即答だった。 吟味も、考慮も、何も無く、ホワイトスネイクは脊髄反射のように答えた。 あまりの速さに、ルイズは問い掛けたままの形で彫刻となっていた。 「何ヲ考エテイルカト思エバ……ソンナ無駄ナ事ダトハナ…… 良イカ、ルイズ。私ノ今ノ本体ハ一体誰ダ? 私ヲ具現シ、従ワセテイルノハ誰ダ? 私ノ力ヲ使イ、自身ノ望ミヲ叶エテイルノハ誰ダ? 言ウマデモ無イ。ソレハ君ダ、ルイズ。 君ガ私ヲ従ワセ、君ガ私ヲ形作リ、君ガ私ヲ運用スル。 ソコニ疑問ヲ挟ム余地ナド在リハシナイ。ハッキリト言オウ、ルイズ。 君ガ、私ノ本体デ在ル限リ、私ハ君ト共ニ在リ続ケル。 ソレトモ何カ、君ハ私ノ本体デアル事ニ嫌気デモ差シタノカ?」 「そんなこと無い!! 貴方の主で居る事を嫌だなんて思った事なんて、私、一度も無い!!」 「ナラバ、私ト君ノ関係ハ未来永劫安泰ダ。 君ト言ウ存在ガ、コノ世カラ消失スルマデ、私ハ君ト共ニ在ル事ヲ誓オウ」 赤面モノな台詞を面と向かって言われたルイズは、顔を真っ赤にしながら口をパクパクとさせている。 「あっ、あっ、当たり前じゃない!! あんたは、わっ、私のつ、つ、使い魔なのよ! 嫌だって言ったって、いっ、一生扱き使ってやるんだから!!」 なんとか本心を隠したつもりのルイズであったが、その様子は、ばっちりと他の生徒達に見られていた。 その生徒達の中でキュルケはくすくすと、タバサは興味津々と、才人は呆れた風に肩を竦めて、素直では無い少女を見守るのであった。 第十話 前編 戻る 第十一話